「「キャッシュの増減原理」と「キャッシュフロー計算書の原型」」
2022年(令和4年)9月10日(最終更新2022年10月2日)
寺田 誠一(公認会計士・税理士)
・はじめに
キャッシュフロー計算書は、貸借対照表の現金預金の内訳書です。現金預金が1年間どういう動き方をして貸借対照表の金額になったのかという、その1年間の動きを示しているのが、キャッシュフロー計算書です。
貸借対照表は、ある一定時点(期末)の財産(資産)とその財源(負債・純資産(資本))の状態を示していますが、損益計算書とキャッシュフロー計算書は、ある一定期間(1年間)の動きを示しています。貸借対照表はストックを示すのに対して、キャッシュフロー計算書と損益計算書はフローを示しています。
本稿におけるキャッシュフロー計算書は、正規のものよりシンプルなものを示しています(わが国における正規のキャッシュフロー計算書とは、企業会計審議会の公表したものをいいます。)。
本稿における期首(前期末)貸借対照表と期末貸借対照表の剰余金の差額は、当期純利益とします。
貸借対照表の貸方は純資産ですが、本稿では資本としました。
金額の単位も、省略しました。
・ キャッシュの範囲
キャッシュすなわち資金の範囲は、正式には「現金及び現金同等物」とされます。
キャッシュ=資金=現金及び現金同等物
ここでいう現金には、いわゆる手元現金だけでなく、要求払預金も含まれます。要求払預金とは、当座預金・普通預金・通知預金などをいいます。
現金同等物とは、容易に換金可能であり、かつ、価値の変動について僅少のリスクしか負わない短期投資をいいます。現金同等物に何を含めるかについては経営者の判断に委ねることが適当ですが、比較可能性を考慮して、一般的には、取得日から満期日(または償還日)までが3ヶ月以内の短期投資を含めるとされています。たとえば、期日が3ヶ月以内の定期預金などです。
本稿では、わかりやすくするため、キャッシュ=貸借対照表の現金預金としました。
・キャッシュフロ-計算書の作成方法
キャッシュフロー計算書の作成方法には、「直接法」と「間接法」とがあります。
直接法は、キャッシュに関連するすべての取引を抽出して、主要な取引ごとに集計するものです。営業収入に関連、仕入に関連、有価証券の取得に関連、有価証券の売却に関連……などです。
直接法は、実務的には、パソコンを利用して集計することが不可欠と考えられます。勘定科目を、その集計が可能であるように体系化し、コ-ド番号を付す必要があります。
一方、間接法は、2期間の貸借対照表の差額をもとに、損益計算書その他の資料よりデ-タを収集して修正記入を行って、作成する方法です。通常、間接法は、ワ-クシ-ト(精算表)を用います。
直接法を採ると、勘定科目の体系が複雑になります。中小企業では、より手数のかからない間接法でよいと思います。間接法を採ると、キャッシュと利益との関連性が明らかになるメリットもあります。本稿も、間接法に基づいています。
・「キャッシュの増減原理」
上記の①式をご覧ください。資産は、負債と資本の合計に等しいという式です。これは、簿記の初歩で勉強する貸借対照表等式と呼ばれている式です。
さて、資産を、現金預金と「現金預金以外の資産」とに分けます。すると、②式のようになります。
次に、「現金預金以外の資産」を式の貸方に移して、式の借方には現金預金だけを残します。これが③式です。ここで、中学校の数学を思い出してほしいのですが、移項するとプラスマイナスの符号が反対になります。ですから、②式ではプラスであった「現金預金以外の資産」が、③式ではマイナスとなります。
ところで、③式は残高についての式ですが、この関係は増減額についても成り立ちます。よって、③式を増減額について書き換えると、④式となります。この式から、「現金預金以外の資産」と現金預金、負債・資本と現金預金との関係をそれぞれ考えてみます。
「現金預金以外の資産」が増加すれば現金預金は減少し、「現金預金以外の資産」が減少すれば現金預金は増加します。「現金預金以外の資産」の前にマイナス符号が付いているので、「現金預金以外の資産」の増減と現金預金の増減とは逆の動きになります。
一方、負債・資本が増加すれば現金預金は増加し、負債・資本が減少すれば現金預金は減少します。負債・資本と現金預金とは同じ方向の動きです。
以上述べた、「現金預金以外の資産」と現金預金、負債・資本と現金預金との関係を、本稿では「キャッシュの増減原理」と名付けることにします。これを図で表すと次のとおりです(以下、「現金預金以外の資産」は、簡単に「資産」と呼ぶことにします。)。
資産・負債・資本、いずれも、「増加」とは、「期首残高<期末残高」(期末残高が期首残高よりも増加)を意味します。「減少」とは、「期首残高>期末残高」(期末残高が期首残高よりも減少)を意味します。
具体的には、資産・負債・資本いずれも、期末残高から期首残高を差し引きます。その結果がプラスならば「増加」、マイナスならば「減少」です。
ここで、「キャッシュの増減原理」のポイントをまとめておきます。
① 資産・負債・資本を問わず、どの項目も、単純に、期末残高から期首残高(前期末残高)を差し引く。
② 差し引いた結果がプラスならば「増加」、マイナスならば「減少」とする。
③ 資産については、「増加」は「キャッシュの減少」、「減少」は「キャッシュの増加」となる。
④ 負債・資本については、「増加」は「キャッシュの増加」、「減少」は「キャッシュの増加」となる。
⑤ つまり、資産とキャッシュとは逆の動きとなるが、負債・資本とキャッシュとは同じ動きとなる。
「キャッシュの増減原理」の説明方法には、次のようなものがあると思います。
① 貸借対照表等式による説明…上記のとおり
② シュマーレンバッハ流の説明…別稿のとおり
③ 勘定式貸借対照表による説明…下記のとおり
・「キャッシュの増減原理」の勘定式貸借対照表による説明
図(1)~(3)をご覧ください(すべて、「増加」の場合を示しました)。まず、(1)では資産の増減を考えてみます。この場合、資産と現金預金との関係を考えるので、負債と資本は変動なし、すなわち負債・資本合計(=資産合計)は一定とします。たとえば、資産が2,000から2,200に200増加すると、現金預金は1,000から200減少して800となります。すなわち、資産が増加すれば、現金預金は減少します。
(2)では、負債・資本の増減を考えてみます。この場合、負債・資本と現金預金との関係を考えるので、資産は変動せず一定とします。たとえば、負債と資本が3,000から3,200に200増加したとします。すると、資産に変動はないので、現金預金が1,000から200増加して1,200となります。すなわち、負債・資本が増加すれば、現金預金は増加します。
ところで、(3)のような、現金預金が一定で、資産が200増加し同時に負債・資本が200増加するというような場合もあり得ます。この場合は、(1)と(2)の合算と考えられます。すなわち、まず、資産が200増加して現金預金が200減少したと考えます(すなわち(1)です。)。その後、負債・資本が200増加して、現金預金が200増加したと考えます((2)です。)。
したがって、すべて、(1)と(2)に帰着して考えることができます。つまり、資産が増加すれば現金預金は減少し、負債・資本が増加すれば現金預金は増加します。
・「キャッシュフロー計算書の原型」
貸借対照表の期首残高(前期末残高)と期末残高の差額から、簡単なキャッシュフロー計算書を作ることができます。本稿では、これを、「キャッシュフロー計算書の原型」と名付けることにします。正式のキャッシュフロー計算書は原型から少し形を変えて作成しますが、中小企業では、キャッシュフロー計算書の原型だけでも、十分、キャッシュの流れをつかむことができると思います。
・設例による「キャッシュフロー計算書の原型」の作成
ここで、簡単な設例を示してみます。
(設例)
次の期首貸借対照表と期末貸借対照表から、キャッシュフロー計算書の原型を作ると、どのようになりますか。
・「キャッシュの増減原理」によるキャッシュフロー計算書の作り方
(売掛金)
期末残高2,300-期首残高2,000=300→プラスなので、資産の増加→キャッシュの増減原理に従って、キャッシュの減少
(商品)
期末残高1,900-期首残高1,500=400→プラスなので、資産の増加→キャッシュの増減原理に従って、キャッシュの減少
(有形固定資産)
期末残高2,500-期首残高2,600=-100→マイナスなので、資産の減少→キャッシュの増減原理に従って、キャッシュの増加
(買掛金)
期末残高1,400-期首残高1,600=-200→マイナスなので、負債の減少→キャッシュの増減原理に従って、キャッシュの減少
(長期借入金)
期末残高2,900-期首残高3,000=-100→マイナスなので、負債の減少→キャッシュの増減原理に従って、キャッシュの減少
これらを記入することにより、次のような「キャッシュフロー計算書の原型」ができあがります(キャッシュの増加には+印を、キャッシュの減少には―印を付しました。)。
・ワークシート(精算表)によるキャッシュフロー計算書の作り方
2期間の貸借対照表を、次の図のように並べます。左から期首残高、期末残高、キャッシュフロー計算書の原型(キャッシュの減少、キャッシュの増加)です。
そして、それぞれの項目について、期末残高から期首残高を差し引いて、それを「キャッシュの増減原理」にしたがって、「キャッシュの減少」と「キャッシュの増加」に振り分けます。
すなわち、資産項目については、期末残高から期首残高を差し引いて、増加はキャッシュの減少欄に、減少はキャッシュの増加欄に記入します。
負債・資本項目については、期末残高から期首残高を差し引いて、増加はキャッシュの増加欄に、減少はキャッシュの減少欄に記入します。
記入が終わると、右の2列で、「キャッシュフロー計算書の原型」が出来上がります。
|
期首残高 |
期末残高
|
キャッシュフロー計算書の原型 |
|
キャッシュの減少 |
キャッシュの増加 |
|||
現金預金 |
1,500 |
1,600 |
(注)100 |
|
売 掛 金 |
2,000 |
2,300 |
300 |
|
商品 |
1,500 |
1,900 |
400 |
|
有形固定資産 |
2,600 |
2,500 |
|
100 |
計 |
7,600 |
8,300 |
|
|
買掛金 |
1,600 |
1,400 |
200 |
|
長期借入金 |
3,000 |
2,900 |
100 |
|
資本金 |
1,000 |
1,000 |
|
|
利益剰余金 |
2,000 |
3,000 |
|
1,000 |
計 |
7,600 |
8,300 |
1,100 |
1,100 |
(注1)この100は、キャッシュの増加ですが、貸借を合わせるため、キャッシュの減少欄に記入します。
(注2)利益剰余金の差額を、当期純利益とします。利益は、もちろん、キャッシュの増加です。
・「キャッシュの増減仕訳」によるキャッシュフロー計算書の作り方
「キャッシュの増減原理」を仕訳で表すことができます。当期純利益がすべて現金預金でいったん入金になったと仮定し、その後、資産・負債・資本の増減を現金預金で行うという仮想仕訳(本稿では、これを「キャッシュの増減仕訳」と名付けます。)を行います。
さきほどの設例を使って説明します。
キャッシュフロー計算書は、まず、収益費用が、すべて、現金預金で行われたと仮定します。すると、当期純利益1,000だけ現金預金が増加します。
(借)現金預金1,000 (貸)当期純利益1,000
その後、資産・負債・資本の増減を現金預金で行ったと考えます。すなわち、現金預金300を支払って売掛金を取得した、現金預金400を支払って商品を取得した、有形固定資産100を減少させて現金預金100を取得した、現金預金200を支払って買掛金を減少させた、現金預金100を支払って長期借入金を減少させたというように考えます。
(借)売掛金 300 (貸)現金預金 300
(借)商品 400 (貸)現金預金 400
(借)現金預金 100 (貸)有形固定資産100
(借)買掛金 200 (貸)現金預金 200
(借)長期借入金 100 (貸)現金預金 100
「キャッシュの増減仕訳」に表れる「現金預金」の勘定科目を順に拾っていけば、次の「キャッシュフロー計算書の原型」が出来上がります。
「キャッシュの増減仕訳」は、次のようなパターンになります。
資産の増加(キャッシュの減少)
(借)資 産××× (貸)現金預金×××
資産の減少(キャッシュの増加)
(借)現金預金××× (貸)資 産×××
負債・資本の増加(キャッシュの増加)
(借)現金預金××× (貸)負債資本×××
負債・資本の減少(キャッシュの減少)
(借)負債資本××× (貸)現金預金×××
・売掛金の増加は、なぜキャッシュの減少か?
売掛金が増加したときの仕訳は、通常、次のようになります。
(借)売掛金10,000 (貸)売 上10,000
これを、次のように分解します。まず、現金預金で売り上げたと考えます。
(借)現金預金10,000 (貸)売 上10,000
次に、その現金預金で売掛金という債権を取得したと考えます。
(借)売掛金10,000 (貸)現金預金10,000
この「キャッシュの増減仕訳」により、売掛金が増加するときキャッシュは減少すると見ることができます。
・買掛金の増加は、なぜキャッシュの増加か?
買掛金が増加したときの仕訳は、通常、次のようになります。
(借)仕 入20,000 (貸)買掛金20,000
これを、次のように分解します。まず、現金預金で仕入れたと考えます。
(借)仕 入20,000 (貸)現金預金20,000
次に、その現金預金が入金になり、代わりに買掛金という債務になったと考えます。
(借)現金預金20,000 (貸)買掛金20,000
この「キャッシュの増減仕訳」により、買掛金が増加するときキャッシュは増加すると見ることができます。
・まとめ(資金繰りの苦しい理由)
さきほどの設例では、利益が1,000あるのに、現金預金は100しか増えませんでした。900の差額があります。その理由が、キャッシュフロー計算書の原型からわかります。
売掛金の増加300、商品の増加400、買掛金の減少200、借入金の減少100によりキャッシュが1,000減少したのに対し、キャッシュの増加は有形固定資産の減少100しかなかったからです。
現金預金増加高100=当期純利益1,000+有形固定資産の減少100-売掛金の増加300-商品の増加400-買掛金の減少200-借入金の減少100
現金預金増加高100=当期純利益1,000+キャッシュの増加100-キャッシュの減少1,000
このように、貸借対照表の各項目の差額より導き出すキャッシュフロー計算書の原型により、おおまかなキャッシュの流れを理解することができます。
実務上、キャッシュフロー計算書を作る場合、少額な項目は、「その他」でまとめてしまい、大まかなキャッシュの動きを見ればよいと思います。
その上で、資金繰り(キャッシュフロー)が苦しい場合、それは「キャッシュが減少」しているからです。したがって、苦しい理由は、「キャッシュの減少」の各項目のいずれか(または複数)と考えられます。具体的には、次のとおりです。
① 業績の悪化(赤字)(利益の減少)
② 売上債権の増加(売掛金等の増加)
③ 買掛債務の減少(買掛金等の減少)
④ 在庫の増大(棚卸資産の増加)
⑤ 設備投資の過大(固定資産の増加)
⑥ 借入金の返済(借入金の減少)
これらのうち、⑤と⑥は、長期的に影響します。
※本稿は、次の拙著・拙稿より、取捨選択・加筆修正して、まとめたものです。
寺田誠一著『図解ひとめでわかるキャッシュフロ-計算書』東洋経済新報社 2000年(平成12年)
寺田誠一稿『簿記を知らなくても3つの図でわかる決算書とキャッシュフロ-』月刊スタッフアドバイザー2004年(平成16年)4月号
寺田誠一稿『「キャッシュの増減原理」で理解するキャッシュフロ-計算書入門』月刊スタッフアドバイザー2007年(平成19年)4月号
寺田誠一稿『「この説明方法ならわかる!キャッシュフロ-計算書』月刊スタッフアドバイザー2008年(平成20年)11月号
寺田誠一稿『新人経理マン・経理ウーマンのためのキャッシュフロー計算書レッスン』週刊経営財務1999年(平成11年)4月5日号
寺田誠一稿『新人経理マン・経理ウーマンのための続・キャッシュフロー計算書レッスン』週刊経営財務1999年(平成11年)10月11日号
寺田誠一稿『新人経理マン・経理ウーマンのための続々・キャッシュフロー計算書レッスン』週刊経営財務1999年(平成11年)11月22日号
※キャッシュ増減のきまりの「収益・未収入」、「支出・未費用」など6項目による説明については、「キャッシュの増減原理のシュマーレンバッハ的説明」参照。
※売掛金・貸倒損失・貸倒引当金・預り金・有価証券等の展開とワークシートについては、「キャッシュフロー計算書の個別設例①」を参照。
※有形固定資産・長期貸付金・長期借入金・未払法人税等・利益剰余金・受取利息・支払利息等の展開とワークシートについては、「キャッシュフロー計算書の個別設例②と総合設例」を参照。
※このウェブサイトの趣旨については、「ご挨拶」参照。