「中小企業会計指針…棚卸資産、経過勘定等」

 

2021年(令和3年)6月3日

寺田 誠一

 

 項目ごとに、「指針」の要点(➢印)をそのまま記載し、その後に本文を織り込んだ解説を加えるという構成をとりました。

 

棚卸資産

 

要点

➢ 棚卸資産には、商品又は製品、半製品、仕掛品、主要原材料、補助原材料、消耗品で貯蔵中のもの、その他これらに準ずるものが含まれる。

➢ 棚卸資産の取得価額は、取得の態様に応じて購入代価又は製造原価に引取費用等の付随費用を加算する。ただし、少額な付随費用は取得価額に加算しないことができる

➢ 棚卸資産の期末における時価が帳簿価額より下落し、かつ、金額的重要性がある場合には、時価をもって貸借対照表価額とする。この場合の時価は、正味売却価額をいう。

➢ 棚卸資産の評価方法は、個別法、先入先出法、総平均法、移動平均法、売価還元法等、一般に認められた方法とする。なお、最終仕入原価法も、期間損益の計算上著しい弊害がない場合には、用いることができる。

➢ 棚卸資産について、災害等による時価の下落に応じて簿価を切り下げ、かつ、その金額について重要性があるものについては、注記等により帳簿価額切下額を表示することが望ましい。

 

 

・棚卸資産の範囲と取得価額

 

 棚卸資産とは、商品、製品、半製品、仕掛品、主要原材料、補助原材料、消耗品で貯蔵中のもの、その他これらに準ずるものをいいます。

 棚卸資産の取得価額は、次のとおりです。

① 購入した棚卸資産

 購入代価に直接付随費用(引取運賃、荷役費、運送保険料、購入手数料、関税など購入のために要した費用)と間接付随費用(その資産を消費・販売するため直接要した費用)を加えた額とします。

② 製造した棚卸資産

 製造原価(原材料費、労務費、経費)に間接付随費用を加えた額とします。

③ 上記以外の方法により取得をした棚卸資産

 取得のために通常要する価額に間接付随費用を加えた額とします。

 

 なお、「指針」では、間接付随費用のうち整理・選別・手入れなどに要した額が少額の場合には、重要性の原則から、取得価額に算入しないことができるとしています。これは、法人税法の規定を取り入れたものです。法人税法では、少額とは、具体的に、購入代価・製造原価のおおむね3%以内としています。

 

 

・棚卸資産の評価基準

 

 棚卸資産は、取得原価をもって計上します。期末時価が帳簿価額より下落し、かつ、金額的重要性がある場合には、時価で計上します。すなわち、低価法を採っていますが、「指針」では、中小企業に配慮して、金額的重要性がない場合には原価でよいとしています。

 「棚卸資産評価基準」に従い、「指針」では、時価は、原則として、正味売却価額(売却市場における時価-見積追加製造原価-見積販売直接経費)をいいます。

 法人税法は、原価法と低価法をともに認めていますが、低価法を採ったときの時価は、上記と同じです。

 

 次の事実が生じた場合には、その事実を反映させて帳簿価額を切り下げなければなりません。これは、「指針」が、法人税法の規定をそのまま取り入れたものです。

① 棚卸資産について、災害により著しく損傷したとき

② 著しく陳腐化したとき

③ 上記に準ずる特別の事実が生じたとき

 なお、帳簿価額を切り下げる場合、有価証券では50%程度以上下落と具体的に示されていますが、棚卸資産では、棚卸資産の種類や市場の状況などの特性を勘案して、個別に判断するものとされています。

 

 

・棚卸資産の評価方法

 

 「指針」では、棚卸資産の評価方法は、一般に認められている方法によるとして、次のものが列挙されています。

① 個別法

② 先入先出法

③ 総平均法

④ 移動平均法

⑤ 売価還元法

 

 後入先出法は、棚卸資産の実際の流れを忠実に表現しているとはいえなく、会計基準の国際的なコンバージェンス(収斂しゅうれん)の観点から、会計上も税務上も認められないこととなりました。これを受けて、「指針」の評価方法からも削除されました。

 

 「指針」では、期間損益の計算上著しい弊害がない場合には、最終仕入原価法を用いることができるとしています。最終仕入原価法は、法人税法上の法定評価方法となっています。すなわち、企業が棚卸資産の評価方法を税務署に届け出なかった場合には、最終仕入原価法を採用したものとみなされます。簡便なので、多くの中小企業では、最終仕入原価法が用いられています。よって、「指針」でも、現実の実務を考慮して、条件付きですが、最終仕入原価法を認めることとしたものです。

 期間損益の計算上著しい弊害があるため最終仕入原価法の採用が適切でない場合とは、たとえば、期末近くになって時価が急上昇したような場合です。この場合には、最終仕入原価法を採ると棚卸資産が過大に評価され、その結果、利益も過大になってしまいます。

 

 

・損益計算書の表示

 

 

 

簿価切下額の種類

表示

②、③以外のもの

売上原価

棚卸資産の製造に関連して発生するもの

製造原価

臨時の事象に起因し、かつ、多額であるもの

特別損失

 

 

 「指針」では、簿価切下額のうち、重要性のあるものについては、①注記、または②売上原価の内訳項目として表示することが望ましいとしています。

 

経過勘定等

 

要点

➢ 前払費用及び前受収益は、当期の損益計算に含めず、未払費用及び未収収益は当期の損益計算に含めなければならない。

➢ 前払費用、前受収益、未払費用及び未収収益等については、重要性の乏しいものは、経過勘定項目として処理しないことができる。

 

・経過勘定の定義

 

 経過勘定とは、前払費用、前受収益、未払費用、未収収益の4項目のことをいいます。それらの定義は、次のとおりです。

① 前払費用

 前払費用とは、一定の契約に従い、継続して役務の提供を受ける場合、いまだ提供されていない役務に対して支払われた対価をいいます。

② 前受収益

 前受収益とは、一定の契約に従い、継続して役務の提供を行う場合、いまだ提供していない役務に対して支払を受けた対価をいいます。

③ 未払費用

 未払費用とは、一定の契約に従い、継続して役務の提供を受ける場合、すでに提供された役務に対していまだその対価の支払が終わらないものをいいます。

④ 未収収益

 未収収益とは、一定の契約に従い、継続して役務の提供を行う場合、すでに提供した役務に対しいまだその対価の支払を受けていないものをいいます。

 

 これらの定義は、企業会計原則に基づくものです。なお、「役務の提供」とは、金銭の貸借、建物の貸借などをいいます。すなわち、金銭の貸付け、建物の賃貸などが「役務の提供を行う」ということですし、金銭の借入れ、建物の賃借などが「役務の提供を受ける」ということです。そして、それら「役務提供の対価」が、利息、家賃などです。

 また、前払費用、前受収益、未払費用、未収収益は、このような役務提供契約以外の契約による前払金、前受金、未払金、未収金とは、区別しなければなりません。たとえば、前払金は原材料や商品仕入代金の前払い、前受金は商品や製品の売上代金の前受け、未払金は有価証券や固定資産の購入代金の未払い、未収金は有価証券や固定資産の売却代金の未収です。

 

・経過勘定の会計処理

 

 当期の費用・収益でない前払費用と前受収益は、当期の損益計算から除きます。また、当期の費用・収益とすべき未払費用と未収収益は、当期の損益計算に含めます。

 ただし、「指針」では、前払費用、前受収益、未払費用、未収収益のうち、重要性の乏しいものは経過勘定として処理しなくてよいとしています。

 また、「指針」では、前払費用で支払日から1年以内に提供を受ける役務に対応する金額については、継続適用を条件に費用処理することができると規定しています。これは、法人税法における期間損益通達(1年内短期前払費用の損金算入容認)の取扱いを受けたものです。税務では、1年内のものであれば、原則として重要性に関係なく、前払費用とせずに損金算入が認められます。中小企業の実務においてはよく用いられる規定なので、「指針」においても認めたものです。

 

(設例)

 決算にあたり、支払った保険料のうちに翌期分30が含まれていることが判明。

(原則)

(借)前払費用 30  (貸)保険料 30

(重要性の原則の適用)

仕訳なし

 

(設例)

 決算にあたり、受け取った家賃のうちに翌期分40が含まれていることが判明。

(原則)

(借)受取家賃 40 (貸)前受収益 40

(重要性の原則の適用)

仕訳なし

 

(設例)

 決算にあたり、給料の未払分50があることが判明。

(原則)

(借)給  料 50 (貸)未払費用 50

(重要性の原則の適用)

仕訳なし

 

(設例)

 決算にあたり、利息の未収分60があることが判明。

(原則)

(借)未収収益 60 (貸)受取利息 60

(重要性の原則の適用)

仕訳なし

 

 

・経過勘定の表示

 

 経過勘定は、正常営業循環過程の外にあるものなので、1年基準を適用するのが理論的です。

ところで、指針では、前払費用と前受収益にだけ1年基準を適用し、未払費用と未収収益は流動としています。これは、前払費用と前受収益には、1年を超えるものが存在するのに対し、未払費用と未収収益は1年を超えるものは存在しないであろうということで、このような規定になったものと思われます。

 長期前払費用としては、家賃、損害保険料、生命保険料、保証料などが考えられます。長期前払費用の相手側は、必ずしも長期前受収益ではなく、営業取引に該当し前受金となることが多いでしょう。長期前受収益としては、為替予約差額のうち1年を超えて配分される額などがあります。

 なお、企業会計原則では、前払費用についてだけ1年基準を適用し、他の3項目の経過勘定は流動と規定しています。この点については、企業会計原則の改訂が行われていないため、「指針」との不整合が生じています。これは、当時、1年を超えるものは前払費用だけであると考えていたからだと思われます。これに対して、「指針」は、前受収益にも1年を超えるものがあり得るということで、前受収益にも1年基準を適用したものです。

 したがって、もし、未払費用と未収収益にも1年を超えるものが存在した場合には、長期となり固定とすべきものと考えます。

 

前払費用

前払費用

流動資産

長期前払費用

固定資産

前受収益

前受収益

流動負債

長期前受収益

固定負債

未払費用

未払費用

流動負債

未収収益

未収収益

流動資産

 

 

 

・立替金、仮払金、仮受金等の取扱い

 

 経過勘定ではありませんが、立替金、仮払金、仮受金などの項目で金額の重要性の高いものは、適正な項目を付して資産または負債として計上しなければなりません。また、立替金の精算などで当期の費用または収益とすべき金額も、適正な項目に計上して費用または収益として処理しなければなりません。

 中小企業の立替金、仮払金、仮受金などについては、内容の不明瞭なものが含まれていることがあるので、「指針」は適正な項目で計上することを要請することとしたものです。

 

 

 ※本稿は、次の拙稿を、「指針」の改訂に合わせて、大幅に加筆修正したものです。

寺田誠一稿『税法との比較で理解する中小企業会計指針①』月刊スタッフアドバイザー 2005年10月号

 

 

※このウエブサイトの趣旨については、「ご挨拶」参照。