「個人事業と法人企業の税務上の違い」

 

2020年11月1日(最終更新2021年7月11日)

寺田 誠一(公認会計士・税理士)

 

 

・事業年度(会計期間)

 

  個人事業がある程度の規模になると、法人成りして、法人企業での運営を考えることがあると思います。両者の違いを、税務を中心に見て行きます。

 

 事業年度(会計期間)は1年間です。1年を超えることはできません。中途で事業を始めた場合には、その日から決算日までが最初の事業年度となります。つまり、最初の事業年度は、1年に満たないことが多いです。

 

 個人事業の事業年度(会計期間)は、1月1日から12月31日までの暦年(れきねん)と決まっています。12月末決算で、12月31日が決算日です。そして、個人事業では、翌年の3月15日までに所得税の確定申告をします。

 

 法人企業の事業年度末は、どの月日でも自由です。決算日は月末でなくてもかまいませんが、通常は月末とします。一番多いのは、4月1日から3月31日までの3月末決算です。わが国では、官庁や学校が4月1日から3月31日までという制度になっているので、3月末が年度末というイメージがあるためでしょう。法人企業で3月末決算に次いで多いのは、12月末決算や9月末決算です。流通業(小売業・卸売業)では、一番商品在庫の少なくなる2月末決算とすることがあります。

 

 個人事業は12月末決算だけなので、事業年度の変更ということはあり得ません。一方、法人企業は選択自由なので、株主総会の決議でいくらでも変更できます。変更した年度は、1年に満たない月数となります。たとえば、3月末決算から5月末決算に変更した場合には、4月・5月の2か月で決算を行うことになります。12月末決算から4月末決算に変更した場合には、1月~4月の4か月決算となります。

 

 

・役員給与(給与所得控除)

 

 個人事業と法人企業の一番大きな違いは、オーナーの給与です。個人事業の場合には、オーナー(事業主)の給与はありません。個人事業でオーナーに給与を支払っても、「事業主貸(店主貸)」の勘定科目で処理し、経費(損金)とはなりません。法人企業の場合には、社長(役員)給与が経費となります。

 個人事業も法人企業も、収益から費用を差し引いて利益が算出されます。しかし、両者の費用と利益の性格は大きく異なります。個人事業の場合、費用にオーナーの給与は含まれません。差し引きの利益が、いわばオーナーの給与分であるということがいえます。したがって、個人事業が損失(赤字)になるということは少ないと思われます。

 一方、法人企業の場合には、費用のうちにオーナーの給与が含まれます。したがって、オーナーの給与が高いと、企業の利益は損失(赤字)になることがあります。

 

個人事業:収益-費用(オーナー給与は含まない)=利益

法人企業:収益-費用(オーナー給与を含む)=利益

 

 法人成りして、個人の利益を全部社長給与で計上したとします。すると、課税されるのは、次の図のとおり、社長給与全体ではなく給与所得控除(※)を差し引いた額となります。法人企業にすると節税になるとよくいわれますが、これが節税(納税額の減少)の大きな原因です。

※給与所得控除:給与に対して、一定の割合で認められる計算上の経費。

 

 個人事業の利益に対する課税(申告所得税)は確定申告で行われますが、給与に対する課税は源泉徴収(源泉所得税)で行われます。同じ所得税ですが、納付方法が異なります。

 なお、もし、法人成りした企業でも社長給与が少なく、法人の利益が出る場合には、それに対する法人税が課されます。

 

 

・役員給与(定期同額給与)

 

 法人成りすると、オーナーには、個人事業のときには存在しなかった役員給与を毎月支払うことになります。役員の毎月の給与は、税務上、同じ額すなわち定額であることが必要です。

 役員の給与を上げると、上げた部分(下図の網掛けの部分)が、税務上、損金となりません。これは、決算近くになって業績が好調で法人の利益が見込まれる場合に、役員の給与を上げて法人の利益を縮小させるという節税策を防ぐ趣旨です。

 

 また、逆に、役員の給与を下げると、従前の高かった部分(下図の網掛けの部分)が、税務上、損金となりません。これは、当初多めに設定しておいて、決算の見通しが立ったところでそれに合わせて役員の給与を下げるという調整を防ぐ趣旨です。

 

 税務上、役員給与の額を変更することができるのは、原則として、年1回、事業年度開始から3か月以内です。これは、定時株主総会での決議による変更は認めるという趣旨です。つまり、定時株主総会で役員給与を決めると、原則として、次の定時株主総会まで1年間は変えられないので、業績の予測を立てて慎重に決める必要があります。

 例外的に、1年の中途で役員給与を変更できるのは、役員の地位や職務の変更、経営状況の著しい悪化(たとえば、新型コロナ感染症の影響)などの場合です。

 法人成りの場合には、個人事業の利益のほとんどを役員給与で取り、法人企業の利益または損失はあまり多額にならないことを目指すのが一般的です。ただし、今後1年間の見通しのもとに役員給与を決めるので、なかなか難しいです。

 

 

・家族の給与

 

 同一生計の家族に給与を支払う場合、青色申告の個人事業の場合には「青色専従者給与」として、税務署に金額などの届出が必要です。白色申告の専従者給与は、届出の必要はありませんが、配偶者は860,000円、その他は500,000円という金額の制限があります。しかし、法人企業の場合には、家族に給与を支払っても、税務署に届出は必要ないので、煩雑さがありません。

 また、個人事業の場合には、専従者給与を支払った場合には、給与の額にかかわらず、配偶者控除・配偶者特別控除・扶養控除は受けられません。

 一方、法人企業の場合には、同一生計の家族に給与を支払っても、年間給与1,030,000円以下のときに配偶者控除・扶養控除が、1,030,000円超2,016,000円未満のときに配偶者特別控除が受けられます(配偶者控除・配偶者特別控除は、オーナーの給与が11,950,000円以下であることが条件です。)。したがって、法人企業の方が有利です。

 

(設例)

 オーナー経営者である甲(1~12月の年間給与は6,000,000円)は、事業を手伝っている妻の乙に月額85,000円(年間1,020,000円)の給与を支払った。次の各場合、甲の所得税の計算において配偶者控除380,000円の適用を受けられますか。

① 甲の事業が個人事業の場合

② 甲の事業が株式会社の場合(甲は社長)

 

 まず、乙の1,020,000円の給与ですが、給与所得控除550,000円と基礎控除480,000円が差し引けるので、乙自身には所得税はかかりません。次に、甲の所得税の計算ですが、①個人事業において専従者給与を支払っている場合には、配偶者控除は適用できません。②法人が給与を支払っている場合には、年間1,030,000円以下なので、配偶者控除の適用ができます。

 

 

 

・減価償却

 

 個人事業と法人企業の減価償却については、2つの相違点があります。

 

個人

法人

①原則的な減価償却計算方法

定額法

定率法

②減価償却費の計上

強制償却

任意償却

 

 

 個人事業において、税務署に減価償却計算方法の届出をしていない場合には、定額法を採用したものとみなされます。つまり、個人事業においては、定額法が原則的な計算方法となっています。それに対して、法人企業が届出をしていない場合には、定率法を採用したものとみなされます。つまり、法人企業においては、定率法が原則的な計算方法となっています。

 このような違う制度となっているのは、次のような理由であろうと思われます。昔、手計算の時代、個人事業は会計の知識もあまりないであろうから、計算も単純な定額法を原則としたのでしょう。一方、法人企業はそれなりに会計の知識があるだろうから、費用化の速い定率法を原則としたのでしょう。

 

 また、税務上、個人事業は規則的な減価償却を行い、各事業年度においては償却限度額までの償却が強制されます。その意味は、もし償却限度額までの償却をしない、つまり、償却不足があった場合には、その償却不足額を将来に繰り越す(将来、減価償却費として計上する)ことはできないということです。償却不足は打ち切られ、償却できる権利を放棄したということになります。したがって、結果的に、個人事業では、各年度、償却限度額までの減価償却を行うということになります。

 

 一方、税務上、法人企業の各事業年度の減価償却費は、償却限度額を上限とした任意償却です(0から償却限度額まで金額は自由)。法人企業は、償却限度額まで償却をしなかった償却不足額を、将来に繰り越すことが可能です。具体的には、法定耐用年数よりも償却の年数が延びるという形で、減価償却費を計上していきます。

 税務上だけ考えるならば、利益調整が効くので、任意償却の法人企業の方が便利です。ただし、会計上は規則的な償却が望まれます。

 

(設例)

 ×1年1月1日に取得価額1,000,000円の器具備品を取得。

12月末決算法人 定額法 法定耐用年数4年(償却率0.250)

×2年12月期に100,000円、×3年12月期に80,000円償却し、他の年度は償却可能限度額250,000円まで償却した場合、①×5年12月期と②×6年12月期の減価償却費はどうなりますか。

 

×5年12月期

減価償却費:取得価額1,000,000円×償却率0.250=250,000円

×6年12月期

減価償却費:期首帳簿価額70,000-備忘価額1円=69,999円

 ×2年12月期は150,000円、×3年12月期は170,000円の償却不足がありますが、それらをまとめて×5年12月期の償却費とすることはできません。×5年12月期は、償却可能限度額の250,000円が限度です。残りの額は、×6年12月期に計上することになります。

 ×6年12月期の期首簿価は、150,000円+170,000円-250,000円=70,000円となっています。

 本来は、法定耐用年数4年なので、×4年12月期で償却が終わるはずでしたが、償却不足の年度があるため、償却年数が2年延びたということになります。

 

 

・交際費

 

 法人企業の場合、交際費(1人当たり5,000円以下の飲食費を除く。)は、飲食交際費の50%が損金算入で、他は損金不算入です。ただし、資本金1億円以下の法人などは、飲食交際費の50%と、交際費のうち年間8,000,000円までの定額のいずれか選択した額が損金算入とされます。つまり、法人企業の場合には、損金となる額に制限があります。

 それに対して、個人事業の場合には、事業の遂行上、直接必要な交際費は、税務上、全額が損金と求められます。したがって、交際費については、例外的に、法人企業よりも個人事業の方が有利となっています。

 

 

・欠損金の繰越

 

 法人企業の税務上の欠損金とは、所得のマイナスをいいます。

 

会計上:収益-費用=利益(マイナスの場合は、損失)

税務上:益金-損金=所得(マイナスの場合は、欠損金)

 

 欠損金の繰越とは、欠損金が生じた年度のその欠損金を次期以降に繰り越すことをいいます(帳簿にきちんと記帳している青色申告が前提です。)。その意味は、次期以降、所得から、繰り越してきた欠損金を差し引いて、残額に課税するということです。税務上は、単年度課税が原則ですが、その例外ということです。

 

 たとえば、資本金1億円以下の法人などの場合、×1年が欠損金100、×2年が所得60だとすると、×2年は×1年の繰り越した欠損金のうち60を充当して、所得60-繰越欠損金60=0となります。繰越欠損金の残額40は、次期以降にまた繰り越します。×3年が所得50だとすると、所得50-繰越欠損金40=10となり、10に課税されます。資本金1億円を超える法人などの場合には、充当する額について、制限があります。

 

 法人企業では、欠損金の次期以降の繰越期間は10年間です。

 個人事業では、欠損金のことを純損失といいます。純損失の繰越は3年間です。ただし、前述したように、個人事業では、オーナーの給料がないので、純損失になることは少ないと思われます。

 

 

・その他

 

 税務以外でも、登記の違いがあります。貴人事業では登記が不要ですが、法人企業は設立や役員改選時に法務局への登記が必要です。

 

 社会保険も違います。個人事業で強制適用なのは、常時5人以上の従業員がおり、かつ、限定列挙されている16種類の法定業種の場合です。

 法人企業は、従業員数や業種に関係なく、すべて強制加入です。社会保険に加入するということは、老後の年金は増えますが、さしあたりの資金支出は増えます(役員従業員にとっても、給与の手取り額が減ります。)。法人成りを検討するときは、給与所得控除の減税効果と社会保険の支出増などをよく比べることが大事です。

 

 

 ※本稿は、次の拙稿を加筆修正したものです。

寺田誠一稿『経理の疑問点スッキリ解明 第23回 個人事業と法人企業の違い』月刊スタッフアドバイザー 2011年(平成23年)2月号

 

 

※青色申告決算書については、「個人事業の決算書」参照。

※このウェブサイトの趣旨については、「ご挨拶」参照。