「財務会計の学習法(勉強のしかた)と答案作成法」

 

2020年(令和2年)9月10日(最終更新2022年7月18日)

寺田 誠一(公認会計士・税理士)

 

 

1 理論学習の道のり 

 

 日商1級・国税専門官・税理士・不動産鑑定士・公認会計士試験などにおける会計学・財務諸表論・財務会計論の受験生のために、記述式(論述式)・短答式の理論の学習法・勉強法についての私見を述べます。ここで述べることは、会計学・財務諸表論・財務会計論だけでなく、他の理論科目にも該当すると思います(計算の場合には、それに加えて、計算練習が必要です。)。

 

 理論については、本を読んで理解したという段階と答案を書けるという段階の間に、大きな格差があります。読んでわかったからといって、今度は何も見ないで書いてみると、なかなか書けるものではありません。会計学・財務諸表論・財務会計論の理論の学習・勉強とは、その格差を埋める作業を続けていくことです。

  

 さて、この格差を埋めていく方法ですが、ただやみくもにたくさんの本を読んでいくというのは、効率の悪い方法です。およそ受験にあたり、熱意や努力が必要なのはいうまでもありません。短期間に合格するためには、それに加えて効率的な学習法が必要です。京セラ・KDDIの稲盛和夫氏の言葉に、次の「人生方程式」があります(稲盛和夫著「生き方」サンマーク出版、「人生と経営」致知出版社など稲盛氏の著書より)。

人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力

 この人生方程式の表現を借用すると、合格のための方程式は、次のように表すことができると思います。

合格=学習法×熱意×能力

 

 受験を決意された皆さんは、すでに熱意と能力は十分備わっていると思われます。後は、学習法をマスターすればよいと思います。以下、学習の方法と内容に分けて述べていきますので、参考になれば幸いです。

 

 

2 学習の方法

 

・第1期の学習(入門書)

 

 学習の時期は3つに区切ることができます。第1期の学習は、入門書を通読して、会計学全体の体系と内容をおおざっぱに理解することです。「浅く広く」ということです。本稿「初級会計」も、入門書としてお役に立つと思います。

 この段階では、わからない箇所があっても、飛ばして読んでかまいません。会計法規集で条文を確かめることも必要ありません。早く1度読み終わることが大事です。できれば、2~3度、読むとよいでしょう。

 

・第2期の学習(基本書群)

 

 受験にあたり、さまざまな資料を参考にすることになりますが、まずそれらの資料を基本書群と参考書群とに分ける必要があります(基本書群と参考書群は、私の造語です。)。第2期の学習は、基本書に参考書群より、「補充」していくことが中心です。

 

 基本書群とは、学習の中心となる資料であり、勉強机の正面に置くべきものです。それらは、基本書会計法規集から成ります。

 基本書は、自分が学んでいる専門学校・大学などのテキストをそのまま用いるか、または、市販の本より選びます。インターネットの画面で見るものではなく、紙に印刷したものがよいでしょう(ネットにしかない場合は、プリンターで打ち出します。)。会計に関する法規集は、本として市販されています。

 基本書の第1候補は、専門学校や大学のテキストです。これは、自分が教室や動画などで講義を受けているとき使用したものなので、なじみのある点が利点です。しかし、それらの内容に不足または不満がある場合には、市販の定評ある本から選ぶのがよいと思います。一度選んだ基本書でも、他にもっとよい本が見つかった場合には、学習の早い時期でしたら、思い切って変えた方がよいでしょう。

 

 次に、サブノートに関して述べます。これを作成した場合には、当然、基本書群に入れます。ただし、会計学・財務諸表論全体についてのサブノートは、作るのにかなりの時間がかかります。また、合格レベルの実力がないと、なかなか有益なものはできあがりません。したがって、私は、全体的なサブノートの作成は、あまりお薦めしません。

 

・第2期の学習(参考書群と「補充」)

 

 参考書群とは、基本書を「補充」するための資料であり、勉強机の横の本棚に置いておけばよいものです。具体的には、参考書、会計学辞典、問題集、雑誌、答案練習会のプリント、講義の筆記ノート(講義のレジメ)、ネットの動画、ネットの資料などです。参考書とは、市販の定評あるテキスト2~3冊を指します(基本書に選んだものがあれば、それを除きます。)。本稿「初級会計」は、一部中級レベルを含んでいるので、参考書としてもお役に立つと思います。参考書群は、必ずしも最初から最後まで読む必要はなく、必要な箇所だけ参照するという使い方が中心です。

 

 「補充」とは、基本書に書いてない事項で重要と思われる点、また、基本書に書いてあっても文章の表現が基本書よりすぐれていると思われる点を、参考書群より選んで、基本書に追加する作業をいいます。したがって、基本書に書いてあり、かつ、文章の表現も基本書のほうがすぐれていると思われる部分については、「補充」はしません。

 

 重要な論点について、基本書や参考書群をもとに、自分で箇条書きや図表にまとめることも、「補充」の一種です。「補充」は最小限に留め、基本書はあまり増やさずにスリムにしておくのがコツです。

 

 「補充」の方法は、具体的には、基本書の①余白に書き込むか、または、②-1別紙に記入するか、②-2コピー・印刷をして、基本書にはさみます。基本書の本は改訂版が出ることを考えると、直接書き込まないで、はさんでいった方がよいでしょう。「補充」する別紙やコピーがある程度の分量になった場合には、本にはさむのではなく、クリアーホルダー(またはクリアーファイル)に入れて、それを基本書の一部として扱うことも考えられます。

 「補充」は、教室や動画の受講のとき、同時並行的に行っていくと効率的です。たとえば、講義で有価証券の箇所を勉強したときには、基本書と法規集の有価証券の箇所を中心に、参考書や講義ノートなどの該当箇所も参照して、必要な部分を「補充」します。

 

 受験勉強の時間は限られているので、参考書群は一度参照したらそのとき必要な事項は基本書群に「補充」しておき、参考書群は繰り返し見る必要はないという状態にしておくのが理想です。

 「補充」には、かなりの時間がかかります。しかし、「補充」を行うことにより、基本書の理解が進み、また、自分が今まで勉強してきた内容は基本書にすべて集約されていくことになります。

 

 たくさんの講義を聞き、多くの本を読んでも、それらがバラバラで体系的に結びつかないと、学習の効率が悪くなります。本稿で述べた、学習した内容を1か所に集約していく方法は、あらゆる分野の学習にあてはまると思います。

 

・第3期の学習

 

 講義や参考書などによる「補充」がひととおり終わったら、次は、第3期の学習になります。第3期は、「補充」済みの基本書を、時間のある限り繰り返し学習して、理解と暗記を心がけます。第3期においても、「補充」を行うことはあると思いますが、学習が進むにつれて「補充」する事項は次第に少なくなっていくはずです。

 第3期では、答案練習会に出席することもあると思いますが、問題や解答で有益なものは、「補充」しておきます。また、雑誌やネットの記事などは、通読して1つでも2つでも「補充」する事項があれば、時間の無駄ではなく、読んだ意味があったと考えるべきです。

 

 試験の直前には、基本書を徹底的に総復習します。これだけ勉強したのだという自信をもって本試験に臨むことができると思います。もし、1回目の受験が残念ながら不合格だったときは、2回目の受験勉強は、第3期の学習を繰り返します。

 

 

3 学習の内容

 

・学習とはなにか

 

 第2期の学習は、基本書を熟読して、よく考え、内容を理解することです。基本書や法令・基準の難しい点やわからない点については、参考書群を参照したり、受験仲間や先輩、専門学校・大学の先生などに質問して、疑問点を解消し、基本書に「補充」しておく必要があります。法令・基準の立法趣旨や、学説が分かれる点の根拠理由をよく理解しておくことが重要です。

 第3期の学習は、「補充」済みの基本書を最初から最後まで、何回も繰り返すことです。第3期の学習は、暗記が中心になると思われます。合格答案を書くためには、必要な事項を覚えなければなりません。知識量よりも思考能力が大事であるとよくいわれます。そのとおりだと思いますが、合格のためには、熟考して理解した上でのある程度の知識量の暗記が必要です。

 

・何を暗記するか

 

 さて、暗記も重要であるということを述べましたが、それでは何を暗記したらよいのかというのが次の問題です。結論からいうと、論点です。試験に出題されるのは論点が多いので、論点の内容を中心に、暗記するわけです。どこが論点かは、基本書だけではわかりにくいので、過去問問題集を見るとよいと思います。

 論点を見出したならば、基本書に戻って、論点の中の①キーワードと②論理展開を暗記します。キーワードはそのままの形で暗記し、論理展開はおおよその流れ・趣旨を暗記します(文章をそのまま暗記することは、不可能であり、不要です。)。論理展開は、②-1短文、②-2箇条書き、②-3図表などを利用して、その流れを覚えるのがよいでしょう。

 ②-1短文、②-2箇条書き、②-3図表とは、それぞれどのようなものであるかを示してみます。たとえば、キーワードA、B、Cを含んだ論理展開の例を、それぞれ示すと、次のようになります。

 

 

 

 

・採点方法

 

 あくまで想像ですが、公認会計士試験や税理士試験などの理論問題の記述式(論述式)の場合、採点者の採点のやり方の例を示してみます。最初、採点基準を仮に決めて、数十枚の答案を試しに採点して、平均点が何点になったかを確かめます。その平均点が高すぎるようでしたら、採点基準を厳しくして、平均点が下がるようにします。逆に、その平均点が低すぎるようでしたら、採点基準を甘くして、平均点が上がるようにします。

 採点基準の例を示してみます。まず、1つの設問に対して、論点をいくつか設けます。論点A(やさしい論点)、論点B(普通の論点)、論点C(難しい論点)というようにです。そして、配点を10点とすると、論点Aの配点は5点、論点Bの配点は3点、論点Cの配点は2点というように決めます。もし、平均点が高すぎるようでしたら、やさしい論点Aの配点を4点に下げ、難しい論点Cの配点を3点に上げて、平均点を下げます。逆に、平均点が低すぎるようでしたら、やさしい論点Aの配点を5点に上げ、難しい論点Cの配点を1点に上げて、平均点を上げます。

 

 

・答案作成のポイント

 

① 論点をはずさないようにすること

 

 出題には、キ-ワ-ドと論理展開の暗記で解答可能な基本問題と、そうではない応用問題とがあります。基本的な出題では、暗記したキーワードや論理展開を幹とし、それに自分なりのことばで枝葉をつければ、解答が完成します。

 

 上述の採点基準の例でいえば、採点者は、論点A(配点5点)について、この答案は十分書いてあるので5点、別の答案はある程度触れているが的外れなところもあるので3点、また別の答案はまったく触れていないので0点というように、採点するのではないかと思われます。したがって、基本問題は、論点をはずさないようにすることが重要です。

 

② 応用問題・難問でもひるまないこと

 

 応用問題は思考能力・ひらめきが問われますが、そのベ-スは「補充」済みの基本書です。応用問題については、基本書に何か参考になることが載っていなかったか必死になって考えます。頭の中の引き出しを全開にして探し出します。そして、何とか関係のありそうなことをまとめて解答に仕上げていくわけです。

 

 論点がどこかわからない、出題者が何を書くことを期待しているのかわからないというような、応用問題を超えた難問にぶつかることもあるかもしれません。そのような場合は、他の受験生も同じ様に感じているはずです。その中で、少しでも抜きんでていればよいわけです。答案は相対的なものです。

 したがって、難問の場合には、今までの学習・勉強のすべてをぶつけます。論点がわからなくても、何かしら関係のありそうなことをできるだけたくさん書いておくべきです。

 

③ 読みやすい字でわかりやすい文章を書くこと

 

 採点者は多くの答案を採点するので、1枚の理論答案の採点に費やすのは、数分間だと思われます。したがって、スラスラ読めて

短時間で採点できるような答案が、採点者にとっては望ましいことになります。判読できないような文字や論旨不明確なまわりくどい文章は、採点者にとって迷惑です。主語と述語のはっきりした短いセンテンスのわかりやすい文章を、読みやすいていねいな文字で書くように心がけるべきだと思います。そうすると、採点者に好印象を与えるでしょう。

 

④「である」調に統一して書くこと

 

 文章の書き方には、「である」調と「です・ます」調の2つがあります。答案では、「である」調に統一して、「です・ます」調が混ざらないようにすべきです。

 

⑤ 会計用語の誤りをしないこと

 

 基本的な会計用語に誤字があると、受験生の実力について、採点者に疑念を抱かせることになるので、注意が必要です。

 誤りやすい会計用語の例を挙げておきます。

 

  (正)          (誤)

正常営業循基準    正常営業循基準

長期負工事      長期負工事

時価の著しい低    時価の著しい低

法         低

売価元法          売価元法

減価却           減価

株式の却        株式の

親会社と会社      親会社と会社

 

 

 

※本稿は、次の拙著を加筆修正したものです。

寺田誠一著 『ファーストステップ会計学 第2版』東洋経済新報社2006年 「序章 会計学の学習法」

寺田誠一著 『財務諸表論頻出問題演習 第4版』中央経済社2000年 「0章 財務諸表論の学習法」

 

 

※このウェブサイトの趣旨については、「ご挨拶」参照。