「中小企業会計要領…総論」

 

2021年(令和3年)4月10日

寺田 誠一

 

・「中小企業の会計に関する基本要領」の公表理由

 

 2012年(平成24年)2月1日「中小企業の会計に関する基本要領」(以下、本稿では、「要領」)が公表されました。中小企業に関する会計のルールとしては、すでに「中小企業の会計に関する指針」(以下、本稿では、「指針」)があります。それにもかかわらず、「要領」が作成されたのは、次のような理由からです(2010年(平成22年)9月30日付けの中小企業庁による「中小企業の会計に関する研究会 中間報告書」)。

 

① 「指針」は、経営者が理解できる水準を超えており、高度かつ複雑で使いづらく、自発的な利用を促すものとはなっていません。

② 「指針」は、会計処理の選択の幅が限られており、中小企業の商慣行や会計慣行の実態に必ずしも即していない部分があります。

③ 「指針」は、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準(以下、本稿では、「企業会計基準」)の簡略版であって、性質上、中小企業の実態に即したものとはなっていません。

④ そこで、「企業会計基準」をベースにそれを簡素化するアプローチではなく、対象とする中小企業の属性を検討し、取得原価主義、企業会計原則等を踏まえつつ、積上方式で策定するアプローチを採るべきです。これまで毎年の改訂において、「企業会計基準」の国際会計基準(IFRS)へのコンバージェンス(収斂しゅうれん)に伴い、「指針」にも間接的に影響を及ぼしているのは適当ではありません。

 

 さて、「要領」は、Ⅰ総論、Ⅱ各論、Ⅲ様式集の三部から成っています。総論は、目的や留意点などを示しています。各論は、各項目につき、①本文と②その解説という構成になっています。各論の各項目は1ページに収まるよう、読みやすい工夫がされています。Ⅲ様式集には、貸借対照表や損益計算書などの様式のサンプルが記載されています。

 「要領」は、A4の用紙で25ページから成り、「指針」の61ページに比べて、ボリュームが大幅に少なくなっています。本稿では、「指針」との異同点に重点を置きながら、「要領」の解説を行っていきます。

 

 

・総論

 

1. 目的

 

 「要領」は、法令等によって、その利用が強制されるものではないが、中小企業の多様な実態に配慮し、その成長に資するため、中小企業が会社法上の計算書類等を作成する際に、参照するための会計処理や注記を示したものです。

 

 中小企業は、計算書類等の開示先が限られており、また、大企業に比べて経理体制等が劣ります。「要領」は、そのような中小企業の実態を踏まえ、以下のような考えに立って作成されたものです。

① 中小企業の経営者が活用しようと思えるよう、理解しやすく、自社の経営状況の把握に役立つ会計。すなわち、「経営者に役立つ会計」

② 中小企業の利害関係者(金融機関、取引先、株主等)への情報提供に資する会計。すなわち、「利害関係者と繋がる会計」

③ 中小企業の実務における会計慣行を十分考慮し、会計と税制の調和を図った上で、会社計算規則に準拠した会計。すなわち、「実務に配慮した会計」

④ 計算書類等の作成負担は最小限に留め、中小企業に過重な負担を課さない会計。すなわち、中小企業の身の丈に合った「実行可能な会計」。

 

 ①、②、③は、「中小指針」の総論でも少しは触れられていますが、「要領」でよりはっきり強調されているところです。④は、「指針」にはなく、「要領」で初めて述べられている点です。

 

2.「要領」の利用が想定される会社

 

 以下の会社を除く株式会社が想定されています。この範囲は、「指針」と同じと考えられます(「指針」では、①は子会社・関連会社を、②は子会社を、それぞれ含むと明示されています)。

① 金融商品取引法の規制の適用対象会社

② 会社法上の会計監査人設置会社

 ①、②の会社は、公認会計士または監査法人の監査を受けるので、「企業会計基準」に従います。

 

 なお、特例有限会社、合名会社、合資会社、合同会社についても、「要領」を適用することができます。これも「指針」と同じです。

 

 「要領」では、「会計参与設置会社が計算書類を作成する際には、本指針に拠ることが適当である。」という「指針」の文章を引用しています。したがって、会計参与設置会社は、「要領」ではなく、「指針」を適用する方が妥当であると読みとれます。ただし、会計参与設置会社が「要領」に準拠することは認められないのかという問題は残ります。

 さらにいえば、そもそも会計参与を置いている会社はほとんどないという実態があります。会社法の予定したとおりには、現実はいかなかったということです。

 

 

3. 「企業会計基準」・「指針」の利用

 

 「要領」の利用が想定される会社においても、「企業会計基準」や「指針」に基づいて計算書類等を作成することを妨げないとされています。

 将来、上場などを目指す会社以外は、中小企業にとっては複雑で難しい「企業会計基準」の利用はまず考えられません。したがって、「指針」か「要領」ということになると思います。上場会社に近い規模の会社は「指針」で、多くの会社は「要領」ということになると思われます。

 

4. 複数ある会計処理方法の取扱い

 

 「要領」により、複数の会計処理の方法が認められている場合には、企業の実態に応じて、適切な会計処理の方法を選択して適用するものとされています。つまり、代替的な方法のうちどれでもよいという考えではなく、その会社に合ったより適切な方法を選ぶという考え方が示されています。

 

 「要領」では、会計処理の方法は、毎期継続して同じ方法を適用する必要があり、これを変更するに当たっては、合理的な理由を必要とし、①変更した旨、②変更の理由、③変更の影響の内容の3つを注記するものとされています。いわゆる継続性の原則です。「要領」では、変更する場合には「合理的な理由」が必要とされていますが、これは、継続性の原則の「正当な理由」と同様と考えられます。

 

5. 各論で示していない会計処理等の取扱い

 

 「要領」で示していない会計処理の方法が必要になった場合には、企業の実態等に応じて、次の中から選択して適用します。

① 「企業会計基準」

② 「指針」

③ 法人税法で定める処理のうち会計上適当と認められる処理

④ その他一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行

 

6. 国際会計基準との関係

 

 「要領」は、安定的に継続利用可能なものとする観点から、国際会計基準の影響を受けないものとされました。これは、「指針」と異なる「要領」の大きな特徴です。近年、わが国の「企業会計基準」を、国際会計基準にコンバージェンス(収斂)させる動きが進展しています。「指針」も、その影響を受けて改訂されてきています。「要領」は、そのような国際会計基準の影響を遮断・回避して一線を画し、わが国独自のものとすることを宣言しました。これは、実質的に、ダブル・スタンダードの考え方を採ったものです。

 

7. 「要領」の改訂

 

「要領」は、中小企業の会計慣行の状況等を勘案し、必要と判断される場合には、改訂が行われます。

 

8. 記帳の重要性

 

 「要領」の利用にあたっては、適切な記帳が前提とされています。経営者が自社の経営状況を適切に把握するためには、記帳が重要です。「要領」では、記帳は、すべての取引につき、正規の簿記の原則に従って行い、適時に、整然かつ明瞭に、正確かつ網羅的に会計帳簿を作成しなければならないとしています。

 

 記帳の重要性は、当然のことなので、「指針」では触れていません。しかし、小規模な中小企業では、定期的な記帳が不完全なことがあるので、あえて「要領」では明記したものです。

 

9. その他の留意事項

 

 「要領」では、次の6つが列挙されています。

① 企業会計は、企業の財政状態及び経営成績に関して、真実な報告を提供するものでなければなりません。(真実性の原則)

② 資本取引と損益取引は明瞭に区別しなければなりません。(資本取引と損益取引の区分の原則)

③ 企業会計は、財務諸表によって、利害関係者に対し、必要な会計事実を明瞭に表示し、企業の状況に関する判断を誤らせないようにしなければなりません。(明瞭性の原則)

④ 企業の財政に不利な影響を及ぼす可能性がある場合には、これに備えて適当に健全な会計処理をしなければなりません。(保守主義の原則)

⑤ 株主総会提出のため、信用目的のため、租税目的のため等種々の目的のために異なる形式の財務諸表を作成する必要がある場合、それらの内容は、信頼しうる会計記録に基づいて作成されたものであって、政策の考慮のために事実の真実な表示をゆがめてはなりません。(単一性の原則)

⑥ 企業会計の目的は、企業の財務内容を明らかにし、企業の経営状況に関する利害関係者の判断を誤らせないようにすることにあります。このため、重要性の乏しいものについては、本来の会計処理によらないで、他の簡便な方法により処理することも認められます。(重要性の原則)

 

 これらは、企業会計原則の一般原則そのものです。「要領」では、正規の簿記の原則と継続性の原則は前述してあるので、ここでは、他の6つの原則を掲げています。企業会計原則は会計学・財務諸表論の学習や受験においては重視されてきたものの、最終改正は1982年(昭和57年)であり、実務においてはあまり顧みられなかったというのが実情です(実務で重視されてきたのは、税法)。個人的には、企業会計原則が復活したという思いがして、感慨深いものがあります。

 

 

※本稿は、次の拙稿を加筆修正したものです。

寺田誠一稿『会計と税務の交差点スッキリ整理! 第7回 「中小企業の会計ルール」の二者択一』月刊スタッフアドバイザー 2012年2月号

 

※このウエブサイトの趣旨については、「ご挨拶」参照。