「引当金の意義・要件・範囲」

 

2020年(令和2年)8月20日(最終更新2021年7月14日)

寺田 誠一(公認会計士・税理士)

 

 

・負債の意義と分類

 

  負債とは、将来、資産を減少すべき義務や財貨役務を提供すべき義務など、何らかの経済的な義務を表します。

 そのような負債は、会計的には、流動負債と固定負債とに分けられます。その分類基準に、正常営業循環基準と1年基準の2つがあることは、資産と同じです。負債は流動負債となるものが多いのですが、固定負債となるものには社債・長期借入金・退職給付引当金などがあります。

 

 

・法律上の債務

 

 負債は、ほとんどが法律上の債務を表します。債務には、確定債務と条件付債務があります。確定債務とは、債務の履行について、時期・相手先・金額の3つがおおむね確定しているものをいいます。支払手形・買掛金・短期借入金・長期借入金・社債などです。

 一方、ある条件が満たされれば確定債務となるものを、条件付債務といいます。退職給付引当金や製品保証引当金などです。退職給付引当金は、従業員が退職規定を満たす退職をしたら確定債務となるものであり、それまでは条件付債務とされます。

 負債の一部には、法律上の債務でないものもあります。これらは、いわば、会計的負債です。たとえば、修繕引当金です。退職給付引当金は条件付債務とされますが、修繕引当金は債務ではないとされています。退職給付引当金は、退職金規定などに基づいているため債務性がありますが、修繕引当金は、債権者が確定せず、債務性がないとされています。

 

 

・引当金の意義

 

 適正な期間損益計算を行うために、将来の費用または損失を見越して、当期にそれらを計上した場合の相手勘定が、引当金です。

 引当金は、貸借対照表項目として説明されることがありますが、むしろ重要なのは引当金の繰入額の方です。収益と費用を対応させて適正な期間損益計算を行うという見地から引当金の繰入額を計上し、その結果として引当金が貸借対照表に計上されます。

 引当金については、企業会計原則の注解18に規定されています。そこでは、4つの要件が定められています。これらの要件を満たす場合には、当期の負担すべき額を当期の費用または損失として計上し(引当金繰入額)、その引当金の残高を負債または資産に計上します。

① 将来の特定の費用または損失に関するものであること。

② その発生が当期以前の事象に起因すること。

③ 発生の可能性が高いこと。

④ 金額を合理的に見積もることができること。

 

 

・引当金の要件

 

① 将来の特定の費用または損失に関するものであること。

 

 第1の要件は、将来における「特定」の費用または損失に備えるものでなければなりません。単にばくぜんと総括的に備えるものであってはなりません。

 また、費用または損失とありますが、この場合の「費用」とは狭義の意味の費用であり、収益の獲得に貢献した財務役務の消費を指します。一方、「損失」とは収益の獲得に貢献しなかった財務役務の消費をいいます。

 「特定の費用」のうちには、「収益の控除」に関するもの(売上割戻引当金や返品調整引当金)も含まれます。「収益の控除」という言葉が1982年(昭和57年)の企業会計原則の修正で消えましたが、これは書かなかっただけで、内容的には従前と同じであるということです。

 さて、この要件は、将来における特定の費用(収益の控除を含む。)または損失たる支出を意味します。ただし、将来の現金預金の支出は、貸倒引当金の場合には、売上債権の減少となります。したがって、一般の引当金と貸倒引当金とを合わせて、将来の資産の減少と表すことができます。すなわち、この要件は、将来の資産の減少を伴うものという意味に解釈するとよいでしょう。

 

② その発生が当期以前の事象に起因すること。

 

 第2の要件の「当期以前」とは、当期またはそれ以前(前期・前々期…)ということです。前期以前の事象に起因していても、発生の可能性が当期において高くなった場合には、当期において計上することになります。

 

③ 発生の可能性が高いこと。

 

 第3の要件から、発生の可能性の低い偶発事象に関する費用または損失については、引当金を計上できません。逆に、発生が決定し、時期・相手先・金額が決まった場合には、引当金ではなく、確定債務(未払金)となります。

 

④ 金額を合理的に見積もることができること。

 

 第4の要件に関連して、注意すべきは、将来の特定の費用または損失の見積額が全額当期に計上されるものではないということです。当期に計上されるのは、当期の負担に属すべき金額です。たとえば、翌々期に100の修繕が行われるとして、当期と翌期で半々ずつ負担するのが妥当であるならば、当期の修繕引当金繰入額は50となります。

 

 

・コラム「引当金の範囲は広くなったか(1)」

 

 1982年(昭和57年)の企業会計原則の修正にあたって、「負債性引当金等に係る企業会計原則注解の修正に関する解釈指針」が公表されました。

 この解釈指針によれば、修正前の注解では「特定の費用」となっていましたが、その「費用」は広義の意味の費用であり損失も含んでいたので、その文意を明確にするため「特定の費用または損失」としたと説明されています。つまり、文言を変えただけであり、内容は変わっていないというのが公式的な見解です。

 しかし、実際には、内容も変わりました。従来から、「費用」は狭義に解されており、「損失」に備えるためのものは認められないと解されていました。すなわち、債務保証損失引当金や損害補償損失引当金の計上は、認められていませんでした。

ところが、国際的な会計慣行は、修正前の注解よりも広く、損失に備える引当金の計上も認めるようになってきました。そこで、企業会計原則も、従来より引当金の設定対象を広げたというのが、実際のところです。

 

・コラム「引当金の範囲は広くなったか(2)」

 

 1982年(昭和57年)の修正前は「確実に起こると予想され」という文言だったのが、修正後は「発生の可能性が高く」に変更されました。これについても、解釈指針は、修正前も発生の可能性が高いという意味だったのであり、内容の変更はないと説明しています。

 また、修正前は「偶発損失についてこれを計上することはできない」という文言でしたが、これについても、解釈指針は、偶発損失の引当計上をすべて否定していたわけではなく、発生の可能性が低い場合の引当計上を禁止していたものであると説明しています。

 しかし、実際には、文字どおり、確実に起こるものでなければ引当計上は認められず、偶発損失引当金はいっさい認められないと解されていました。したがって、この点でも、引当金の設定要件は広がったということがいえます。

 

 

・コラム「引当金の一本化」

 

 従来、引当金は、評価性引当金(資産から控除される引当金)と負債性引当金(負債の部に計上される引当金)とに分類されていました。この分類は、貸借対照表の表示という観点からの分類でした。

 しかし、それらはいずれも将来の特定の費用または損失の計上に関する引当金項目であり、また、理論的に評価性引当金か負債性引当金か見解の分かれる引当金もあり、1982年(昭和57年)の修正で両者を一本化して「引当金」としました。

 よって、評価性引当金と負債性引当金という分類はなくなったわけではありませんが、従来ほどの重要性は持たなくなりました。

 

 

・コラム「減価償却引当金と減価償却累計額」

 

 1982年(昭和57年)、引当金を一本化したことに伴い、それまで減価償却引当金と呼ばれていたものが、引当金からはずされ、減価償却累計額という用語に改められました。

 減価償却累計額は、すでに支出済の固定資産原価を各期に費用配分した結果生じた減価償却費という費用の累積額であり、将来の費用または損失を見越して計上するものではないからです。減価償却累計額は、将来の支出ではなく、過去の支出であり、支出金額(取得原価)も確定しています。

 

 

※本稿は、次の拙著を加筆修正したものです。

寺田誠一著 『ファーストステップ会計学 第2版』東洋経済新報社2006年 「第11章 負債と引当金繰入額 2 引当金の意義と要件」 

 

 

※このウェブサイトの趣旨については、「ご挨拶」参照。