「キャッシュの増減原理」のシュマーレンバッハ的説明

 

2022年(令和4年)9月19日(最終更新2022年9月20日)

寺田 誠一(公認会計士・税理士)

 

 

・資産・負債・純資産(資本)の分類

 

 貸借対照表の資産・負債・純資産(資本)は、現金預金と当期および過去の利益の累積額である利益剰余金(留保利益)を除き、6つに分類することができます。

 すなわち、借方(資産)は、収益・未収入、支出・未費用、支出・未収入の3つです。貸方(負債・純資産(資本))は、収入・未収益、費用・未支出、収入・未支出の3つです。これらは、収益費用と現金預金の収入支出の期間的ずれに注目したシュマ-レンバッハ(ドイツの会計学者)流の分類です。 

 これらの資産の分類と、「貨幣性資産」「費用性資産」という分類との関係を述べておきます。収益・未収入と支出・未収入は、将来、収入が生ずるので、貨幣性資産です。支出・未費用は、将来、費用となるので、費用性資産です。

 

 収益と収入、費用と支出、収入と支出、これらが同じ期に生ずれば、貸借対照表は借方の現金預金と貸方の利益剰余金だけとなり、とても単純な構造となります(実際には、収入だけで、永久的に支出が生じない資本金もあります。)。

 ところが、実際には、それらが違う期に生ずるため、貸借対照表が複雑となります。収益と収入の期間的ずれから生じたのが収益・未収入と収入・未収益です。費用と支出の期間的ずれから生じたのが支出・未費用と費用・未支出です。収入と支出の期間的ずれから生じたのが支出・未収入と収入・未支出です。

 

・勘定分析図の表示

 

 本稿では、収益・未収入などの6項目それぞれについて、簡単なT字型の勘定分析図を用いて、「キャッシュの増減原理」を説明します。金額の単位は省略します。

 その勘定分析図ですが、本稿では、通常と異なり、次のように、期末残高を一番上に表示します。資産の場合には、貸方の最上部に期末残高を表示します。負債・純資産(資本)の場合には、借方の最上部に期末残高を表示します。

 この表示方法を採ることにより、期首残高と期末残高とが対比されるので、どちらが大きいのかがひとめでわかります。

 期末残高は、資産の場合には貸方、負債・純資産(資本)の場合には借方に表示されるのは、次のような理由からです。すなわち、本来の期末残高は、資産の場合は借方残高、負債・純資産(資本)の場合は貸方残高です。ただし、T字形で記入する場合には、貸借を一致させるため、金額の少ない方に記入します。そのため、資産の場合は貸方、負債・純資産(資本)の場合は借方に、それぞれ期末残高が記入されるわけです。

 

 

・収益・未収入(1)

 収益・未収入とは、収益にはすでに計上済みだが、現金預金の収入がまだのものをいいます。売掛金・受取手形・未収収益・未収入金などです。

 

 売掛金の勘定分析図が、上記のとおりであったとします。

 この例で、利益は売上の1,000だけであったとします。間接法のキャッシュフロ-計算書では、利益はキャッシュの増加を伴っていると仮定します。実際には、キャッシュの増加は800しかないので、キャッシュの減少200を追加で計上しなければなりません。それを、売掛金の増加200により認識します。

 収益・未収入では、期末残高が期首残高より増加した場合、キャッシュの減少を認識します。

 

 

・収益・未収入(2)

 

 売掛金の勘定分析図が、上記のとおりであったとします。

 この例で、利益は売上の1,020だけであったとします。間接法のキャッシュフロ-計算書では、利益はキャッシュの増加を伴っていると仮定します。実際には、キャッシュの増加は1,210あるので、キャッシュの増加190を追加で計上しなければなりません。それを、売掛金の減少190により認識します。

 収益・未収入では、期末残高が期首残高より減少した場合、キャッシュの増加を認識します。

 

 

・支出・未費用(1)

 支出・未費用とは、現金預金の支出はあったが、まだ費用にはなっていないものをいいます。前渡金・前払費用・棚卸資産・有形無形固定資産・繰延資産などです。

 

 商品の勘定分析図が、上記のとおりであったとします。(繰越商品・仕入・売上という商品勘定3分割法を採っている場合には、繰越商品と仕入とを合わせた合算の商品勘定を考えてください。)。

 利益(損失)が、売上原価の-650だけであったとします。キャッシュフロ-計算書では、利益はキャッシュの増加(損失はキャッシュの減少)と仮定します。実際には、キャッシュの減少は700なので、キャッシュの減少50を追加で計上しなければなりません。それを、商品の増加50により認識します。

 支出・未費用では、期末残高が期首残高より増加した場合、キャッシュの減少を認識します。

 

 

 ・支出・未費用(2)

 商品の勘定分析図が、上記のとおりであったとします。

 利益(損失)が、売上原価の-790だけであったとします。キャッシュフロ-計算書では、利益はキャッシュの増加(損失はキャッシュの減少)と仮定します。実際には、キャッシュの減少は730なので、キャッシュの増加60を追加で計上しなければなりません。それを、商品の減少60により認識します。

 支出・未費用では、期末残高が期首残高より減少した場合、キャッシュの増加を認識します。

 

  

・支出・未収入(1)

 支出・未収入とは、現金預金で支出して、いずれ現金預金で回収するのだが、現在まだ回収がなされていないものをいいます。たとえば、貸付金・有価証券・投資有価証券・出資金などです。

 

 貸付金のの勘定分析図が、上記のとおりであったとします。支出770で、収入690なので、純額としては支出(キャッシュの減少)80です。したがって、キャッシュフロ-を純額で捉える場合には、貸付金の支出80を計上すればよいわけです。それを、残高の増加80で認識します。

 貸付金が長期の場合には、キャッシュフロ-計算書には、純額ではなく、収入と支出の両建てで総額表示します。「貸付けによる支出」-770、「貸付金の回収による収入」690となり、差し引き、「投資活動によるキャッシュフロ-」-80となります。

 支出・未収入では、期末残高が期首残高より増加した場合、キャッシュの減少を認識します。

 

 

 

・支出・未収入(2)

 貸付金のの勘定分析図が、上記のとおりであったとします。支出830で、収入900なので、純額としては収入(キャッシュの増加)70です。したがって、キャッシュフロ-を純額で捉える場合には、貸付金の回収70を計上すればよいわけです。それを、残高の減少70で認識します。

 貸付金が長期の場合には、キャッシュフロ-計算書には、純額ではなく、収入と支出の両建てで総額表示します。「貸付けによる支出」-830、「貸付金の回収による収入」900となり、差し引き、「投資活動によるキャッシュフロ-」70となります。

 支出・未収入では、期末残高が期首残高より減少した場合、キャッシュの増加を認識します。

 

 

・収入・未収益(1)

 ここから、貸方になります。まず、収入・未収益です。収益・未収入とは、現金預金の収入はすでにあったが、まだ収益にはなっていないものをいいます。前受金・前受収益などです。

 

 前受金の勘定分析図が、上記のとおりであったとします。

 この例で、利益が売上の800だけであったとします。間接法のキャッシュフロ-計算書では、利益はキャッシュの増加を伴っていると仮定します。実際には、キャッシュの増加は950あるので、キャッシュの増加150を追加で計上しなければなりません。それを、前受金の増加150により認識します。

 収益・未収入では、期末残高が期首残高より増加した場合、キャッシュの増加を認識します。

 

 

・収入・未収益(2)

 前受金の勘定分析図が、上記のとおりであったとします。

 この例で、利益が売上の870だけであったとします。間接法のキャッシュフロ-計算書では、利益はキャッシュの増加を伴っていると仮定します。実際には、キャッシュの増加は780しかないので、キャッシュの減少90を追加で計上しなければなりません。それを、前受金の減少90により認識します。

 収益・未収入では、期末残高が期首残高より減少した場合、キャッシュの減少を認識します。

 

 

 

・費用・未支出(1)

 費用・未支出とは、費用としてすでに認識済みだが、まだ現金預金の支出がないものをいいます。買掛金・支払手形・引当金・未払費用などです。

 

 買掛金の勘定分析図が、上記のとおりであったとします。

 利益(損失)が、仕入の-850だけであったとします。キャッシュフロ-計算書では、利益はキャッシュの増加(損失はキャッシュの減少)と仮定します。実際には、キャッシュの減少は600なので、キャッシュの増加250を追加で計上しなければなりません。それを、買掛金の増加250により認識します。

 費用・未支出では、期末残高が期首残高より増加した場合、キャッシュの増加を認識します。

 

 

 

・費用・未支出(2)

 買掛金の勘定分析図が、上記のとおりであったとします。

 利益(損失)が、仕入の-790だけであったとします。キャッシュフロ-計算書では、利益はキャッシュの増加(損失はキャッシュの減少)と仮定します。実際には、キャッシュの減少は880なので、キャッシュの減少90を追加で計上しなければなりません。それを、買掛金の減少90により認識します。

 費用・未支出では、期末残高が期首残高より減少した場合、キャッシュの減少を認識します。

 

 

・収入・未支出(1)

 収入・未支出とは、すでに現金預金の収入はあったが、まだ支出が行われていないものをいいます。借入金・社債・資本金などです。

 

 借入金の勘定分析図が、上記のとおりであったとします。支出740で、収入890なので、純額としては収入(キャッシュの増加)150です。したがって、キャッシュフロ-を純額で捉える場合には、借入金の増加150を計上すればよいわけです。それを、残高の増加150で認識します。

 貸付金が長期の場合には、キャッシュフロ-計算書には、純額ではなく、収入と支出の両建てで総額表示します。「長期借入れによる収入」890、「長期借入金の返済による支出」-740となり、差し引き、「財務活動によるキャッシュフロ-」150となります。

 支出・未収入では、期末残高が期首残高より増加した場合、キャッシュの増加を認識します。

 

 

・収入・未支出(2)

 借入金の勘定分析図が、上記のとおりであったとします。支出970で、収入760なので、純額としては支出(キャッシュの減少)210です。したがって、キャッシュフロ-を純額で捉える場合には、借入金の減少210を計上すればよいわけです。それを、残高の減少210で認識します。

 借入金が長期の場合には、キャッシュフロ-計算書には、純額ではなく、収入と支出の両建てで総額表示します。「長期借入れによる収入」760、「長期借入金の返済による支出」-970となり、差し引き、「財務活動によるキャッシュフロ-」-210となります。

 支出・未収入では、期末残高が期首残高より減少した場合、キャッシュの減少を認識します。

 

 

・まとめ

 

 資産(収益・未収入、支出・未費用、支出・未収入)の場合には、資産が増加すれば(期末残高の方が期首残高よりも大きければ)、いずれもキャッシュの減少となります。

 資産が減少すれば(期末残高の方が期首残高よりも小さければ)、いずれもキャッシュの増加となります。

 

 負債・純資産(資本)(収入・未収益、費用・未支出、収入・未支出)の場合には、負債・純資産が増加すれば(期末残高の方が期首残高よりも大きければ)、いずれもキャッシュの増加となります。

 負債・純資産(資本)が減少すれば(期末残高が期首残高より小さければ)、いずれもキャッシュの減少となります。

 

 この規則を、本稿では「キャッシュの増減原理」と呼びます。

  

 

※本稿は、次の拙著・拙稿より、取捨選択・加筆修正して、まとめたものです。

寺田誠一著『図解ひとめでわかるキャッシュフロ-計算書』東洋経済新報社 2000年(平成12年)

寺田誠一稿『この説明方法ならわかる!キャッシュフロ-計算書』月刊スタッフアドバイザー2008年(平成20年)11月号

寺田誠一稿『「キャッシュの増減原理」で理解するキャッシュフロ-計算書入門』月刊スタッフアドバイザー2007年(平成19年)4月号

寺田誠一稿『簿記を知らなくても3つの図でわかる決算書とキャッシュフロ-』月刊スタッフアドバイザー2004年(平成16年)4月号

寺田誠一稿『新人経理マン・経理ウーマンのためのキャッシュフロー計算書レッスン』週刊経営財務1999年(平成11年)4月5日号

寺田誠一稿『新人経理マン・経理ウーマンのための続・キャッシュフロー計算書レッスン』週刊経営財務1999年(平成11年)10月11日号

寺田誠一稿『新人経理マン・経理ウーマンのための続々・キャッシュフロー計算書レッスン』週刊経営財務1999年(平成11年)11月22日号

 

 

※キャッシュ増減のきまりと簡易なキャッシュフロー計算書の作成については、「「キャッシュの増減原理」と「キャッシュフロー計算書の原型」」参照。

※売掛金・貸倒損失・貸倒引当金・預り金・有価証券等の展開とワークシートについては、「キャッシュフロー計算書の個別設例①」を参照。

※有形固定資産・長期貸付金・長期借入金・未払法人税等・利益剰余金・受取利息・支払利息等の展開とワークシートについては、「キャッシュフロー計算書の個別設例②と総合設例」を参照。

※このウェブサイトの趣旨については、「ご挨拶」参照。