「簿記検定と実務(会計ソフト)の違い」

 

2020年(令和2年)10月13日(最終更新2021年8月18日)

寺田 誠一(公認会計士・税理士)

 

 

・転記

 

 簿記検定試験は、手書きで電卓を用いて計算することを前提としています。簿記を身につけるためには、効果的であり、大事なことです。一方、実務では、パソコンの会計ソフトを使うのが一般的です。そのため、簿記検定と実務とでは、相違点がいろいろあります。

 

 簿記検定は手計算のため、次のような手順で貸借対照表と損益計算書を作成します(③と④は、精算表という様式で行われることもあります。)。

① 仕訳帳(または仕訳伝票)へ記入。

② 仕訳帳(または仕訳伝票)から総勘定元帳に転記。

③ 総勘定元帳の残高を集計して、残高試算表を作成。

④ 残高試算表を分解して、貸借対照表・損益計算書を作成。

 

 

 パソコン会計の実務では、仕訳を行えば、その時点の総勘定元帳・試算表・貸借対照表・損益計算書が皆、瞬時に作成されます。したがって、転記・集計・分解などの手続きは不要であり、はるかに時間が短縮されます。現在では、会計・経理は、ほとんどパソコン会計で行われ、手計算で行うことはまれだと思われます。

 

 

・帳簿の締め切り

 

 簿記検定では、決算において、帳簿を締め切るという手続きが行われます。具体的には、総勘定元帳の各収益・費用科目の残高を損益勘定に振り替え、損益勘定の残高を繰越利益剰余金勘定に振り替えます。

 

 それらの振替仕訳のパターンは、次のとおりです。

(借)収益科目 ××× (貸)損  益 ×××

 各収益科目は貸方(右側)に残高が残るので、それを減少させるために、本来の場所の反対側である借方(左側)に記入します。この仕訳により、各収益科目では残高が0となります。各収益科目の残高は、損益勘定の貸方(右側)に移ったことになります。

 

(借) 損  益 ××× (貸)費用科目 ×××

 各費用科目は借方(左側)に残高が残るので、それを減少させるために、本来の場所の反対側である貸方(右側)に記入します。この仕訳により、各費用科目では残高が0となります。各費用科目の残高は、損益勘定の借方(左側)に移ったことになります。

 

(借) 損  益 ××× (貸)繰越利益剰余金 ×××

 利益(黒字)の場合には、損益勘定の貸方(右側)に残高が残るので、それを減少させるために、反対側である借方(左側)に記入します。この仕訳により、損益勘定は残高が0となります。損益勘定の残高(利益)は、繰越利益剰余金勘定の貸方(右側)に移ったことになります。そして、T字型の総勘定元帳の場合には、繰越利益剰余金勘定の借方(左側)に、次期繰越と記入します(次期繰越は、仕訳を行うのではありません。ただ、記入するだけです。)。

 

(借) )繰越利益剰余金 ××× (貸) 損  益 ×××

 もし損失(赤字)の場合には、損益勘定の借方(左側)に残高が残るので、それを減少させるために、反対側である貸方(右側)に記入します。この仕訳により、損益勘定は残高が0となります。損益勘定の残高(損失)は、繰越利益剰余金勘定の借方(左側)に移ったことになります。

 

 簿記検定では、貸借対照表科目(資産科目、負債科目、資本科目)は、そのままどこにも振り替えずに、次期繰越と記入する方法が採られています。

 

 

 パソコン会計の実務では、損益勘定への振り替えや、繰越利益剰余金勘定への振り替えは行われません。総勘定元帳の残高のままです。

 残高試算表・貸借対照表・損益計算書を作るときには、会計ソフトが総勘定元帳の残高を自動的にピックアップしてくれます。損益計算書では、収益科目から費用科目を差し引いて、当期純利益を自動計算して表示してくれます。貸借対照表では、当期純利益は表示されないので、繰越利益剰余金をその分だけ増やして表示してくれます。当期純損失の場合には、繰越利益剰余金をその分だけ減らして表示してくれます。

 

 パソコン会計の総勘定元帳の例を示してみると、次のとおりです。貸借対照表科目(資産科目、負債科目、資本科目)も損益計算書科目(収益科目、費用科目)も、異なることなく同じような様式となります。

 

 

日付

相手科目

摘要

借方

貸方

残高

 

 

前期繰越

 

 

×××

 

〇〇〇

 

×××

 

×××

 

〇〇〇

 

 

×××

×××

 

 

・棚卸資産の決算整理の勘定科目

 

 棚卸資産(ここでは商品で説明します。)の決算整理における勘定科目は、簿記検定と実務とで異なります。

 

(設例)

 期首商品   1,000,000円

 当期仕入   3,000,000円

 期末商品   1,200,000円

 次のそれぞれの場合の決算整理仕訳はどうなりますか。

① 簿記検定

② パソコン会計の実務

 

 このような設例のとき、①簿記検定と②実務の仕訳の違いを見て行きます。

 

① 簿記検定

  

(借)仕  入 1,000,000  (貸)繰越商品 1,000,000

(借)繰越商品 1,200,000  (貸)仕  入 1,200,000

 

 簿記検定や教科書では、上記の仕訳が示されます。期首の商品を繰越商品勘定から仕入勘定へ振り替え、逆に、期末の商品を仕入勘定から差し引いて、繰越商品勘定に持って行きます。これにより、売上に対応する売上原価2,800,000円(期首1,000,000円+仕入3,000,000円-期末1,200,000円)が、仕入勘定で算出されます。

 

 試算表を示すと、次のようになります。 

 

 

前月残高

借方

貸方

当月残高

 

 

 

 

 

繰越商品

1,000,000

1,200,000

1,000,000

1,200,000

 

 

 

 

 

仕  入

3,000,000

1,000,000

1,200,000

2,800,000

 

 

② パソコン会計

 

(借)期首棚卸高 1,000,000  (貸)商   品 1,000,000

(借)商   品 1,200,000  (貸)期末棚卸高 1,200,000

 

 それに対して、パソコンの会計ソフトによる処理を前提にした会計実務(経理実務)では、試算表において、売上原価を、期首商品と当期仕入と期末商品の3つに区分して示すことが通例です。

 したがって、「仕入」勘定ではなく、期首の商品については「期首棚卸高」などの科目、期末の商品については「期末棚卸高」などの科目を用います。また、パソコン会計では、通常、「繰越商品」ではなく、貸借対照表を意識して「商品」という科目が使われています。

 パソコン会計では、いつでも、瞬時に、売上原価の内訳を示した決算書を作れるようにしています。

 

 試算表は、次のようになります。

 

前月残高

借方

貸方

当月残高

 

 

 

 

 

商  品

1,000,000

1,200,000

1,000,000

1,200,000

 

 

 

 

 

期首棚卸高

 

1,000,000

 

1,000,000

仕  入

3,000,000

 

 

3,000,000

期末棚卸高

 

 

1,200,000

1,200,000

 

 

  

・貸付金、借入金の勘定科目

 

 簿記検定においては、貸付金・借入金という勘定科目を用い、決算(期末)において、短期貸付金・短期借入金または長期貸付金・長期借入金に振り替えます。

 それに対して、パソコン会計の実務では、借入金という勘定科目は用いず、取引の当初から短期貸付金・短期借入金または長期貸付金・長期借入金を用います。パソコン会計では、いつでも即座に試算表や決算書が作成できるので、表示のために振り替える二度手間を避けるためです。

 

(設例)

1.金融機関より、1年内に返済する短期借入金1,000,000円を借り、普通預金に入金。

2.金融機関より、1年を超えて返済する長期借入金5,000,000円を借り、普通預金に入金。

3.決算を迎えた。

 

① 簿記検定

1.(借)普通預金  1,000,000  (貸)借入金   1,000,000

2.(借)普通預金  5,000,000  (貸)借入金   5,000,000

3.(借)借入金   6,000,000  (貸)短期借入金 1,000,000

                     長期借入金    5,000,000

 

② パソコン会計

1.(借)普通預金    1,000,000  (貸)短期借入金 1,000,000

2.(借)普通預金    5,000,000  (貸)長期借入金 5,000,000

3.仕訳なし

 

・経過勘定の内訳科目

 

 簿記検定では、前払利息・前払保険料・前払家賃・未収利息・未払利息・前受地代など、経過勘定の内訳を示す勘定科目が使われることがあります。

 

 パソコン会計の実務では、前払費用・未収収益・未払費用・前受収益という経過勘定そのものの勘定科目が使われることが多いと思われます。内訳を示したい場合には、各経過勘定に補助科目(補助コード)を設定します。たとえば、前払費用でいえば、補助科目(補助コード)として、前払利息・前払保険料・前払家賃などを設けます。

 

 

※本稿は、次の拙稿を大幅に組み替えて内容を追加したものです。

寺田誠一稿『経理の疑問点スッキリ解明 第7回 簿記検定と実務の違い』月刊スタッフアドバイザー 2009年(平成21年)10月号

 

※このウェブサイトの趣旨については、「ご挨拶」参照。