「繰延資産の意義と特徴」

 

2020年(令和2年)2月1日(最終更新2021年7月14日)

寺田 誠一(公認会計士・税理士)

 

 

・ 繰延資産の意義

 

 すでに対価の支払いが完了し(または支払い義務が確定し)、これに対応する役務の提供を受けたにもかかわらず、その効果が将来にわたって発現するものと期待される費用は、その効果が及ぶ期間に合理的に配分するため、経過的に貸借対照表に資産として計上することができます。これを、繰延資産といいます。その意味からいえば、むしろ繰延費用とでもいうべきものです。

 

 たとえば、会社設立のための費用の支払いをしたとき、その支払いはその事業年度だけでなく、将来にその効果は及ぶと考えられるので、その事業年度の費用としないで、貸借対照表に資産としていったん計上し、次第に費用に振り替えて行くことができます。

当      期:(借)繰延資産       ×××  (貸)現金預金×××

翌期以降:(借)繰延資産償却 ×××  (貸)繰延資産×××

 

 繰延資産は、換金価値がなく、擬制資産と呼ばれることもあります。すなわち、繰延資産は、適正な期間損益計算のために計上されるもので、収益費用アプローチに立脚したものです。資産負債アプローチからは、資産としての実体がないので、繰延資産の計上は認めがたいものです。

 

 

・ コラム「役務の提供と対価」

 

   役務用役サービス)の提供とは、金銭の貸借、土地・建物の貸借などをいいます。すなわち、金銭の貸付け、土地・建物の貸付けなどが、役務の提供を行うということですし、金銭の借入れ、土地・建物の借入れなどが、役務の提供を受けるということになります。会計上、役務は、用役やサービスという語を使う場合もあります。

 そして、役務の提供の対価とは、利息・地代・家賃などをいいます。

 

 

・ コラム「繰延資産と前払費用の異同点」

 

  繰延資産は、前払費用と同じく、適正な期間損益計算のために計上される項目です。対価の支払いが完了している点は共通です。相違点は、前払費用は役務がまだ提供されていないのに対して、繰延資産は役務がすでに提供されている点です。

 前払費用は役務提供請求権を有するのに対し、繰延資産は何ら法律上の権利を有しない資産(換金性や担保価値のない資産)です。

 

 

対価の支出

役務の提供

繰延資産

前払費用

未済

 

 

・会社法と企業会計の繰延資産に関する取扱い

 

 会社計算規則では、繰延資産として計上することが適当であると認められるものが、繰延資産に属すると規定されています。旧商法のように、繰延資産として計上することができる項目が列挙されているわけではありません。

 また、繰延資産の償却方法についても、償却すべき資産については、事業年度の末日において、相当の償却をしなければならないとされているだけです。具体的な償却方法や償却期間の定めはありません。

 したがって、これらの点については、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準その他の企業会計の慣行に委ねられています。実際には、2006年(平成18年)に、企業会計基準委員会が「繰延資産の会計処理に関する当面の取扱い」を公表しているので、それに従うことになります。

 

 会社法上、繰延資産の項目は限定されているわけではありませんが、企業会計基準委員会の報告書では、これまで限定列挙と解されていた繰延資産の項目を増やす方向での検討は行っていません。支出の効果の発現という不確実性のある事由に基づく資産計上は、国際的にも異例だからです。すなわち、繰延資産の計上については、消極的な姿勢をとっています。

 したがって、企業会計基準委員会の報告書で取り扱っている次の5項目の繰延資産は、結果的に限定列挙となります。

① 株式交付費

② 社債発行費等(新株予約権発行費を含みます。)

③ 創立費

④ 開業費

⑤ 開発費

 

 また、これまでの会計処理、特に繰延資産の償却期間は、それを変更すべき合理的な理由がない限り、これまでの取扱いを踏襲するものとしています。

 株式交付費・創立費・開業費については、継続企業の公準を前提にすれば、その効果は企業の存続する限り続くとも考えられます。しかし、換金価値がないため、保守主義の観点から、早期に償却するとしています。

 

 

・コラム「繰延資産の月割計算」

 

 資産として計上した繰延資産について、旧商法では、月割計算(月次均等償却)をせずに、年数を基準として償却してきました。会社法では、つぎのような理由から、繰延資産の計上月にかかわらず、一律に年数を基準として償却を行うことは適当ではないと考えられます。

①  旧商法では毎決算期に均等額以上の償却をしなければならないとされていたが、会社法ではそのような制約はないこと。

② 上場企業においては、四半期報告が行われていること。

 よって、企業会計基準委員会の報告書では、繰延資産の償却については、月割計算を行うものとしています。

 

 

・コラム「税法固有の繰延資産」

 

 建物を借りたとき、賃借人は建物の所有者に、権利金や更新料を支払う場合があります。当初の賃借時に支払うのが権利金であり、賃借期間が満了し引き続き更新するときに支払うのが更新料です。これらは賃借が解除されても、賃借人には返却されないものです(返却されるものは、敷金や保証金といいます。)。したがって、その支出の効果は賃借期間に及ぶと考えることができます。

 このような権利金や更新料は、支出の効果が将来に及ぶので、税務上、原則として、一時の損金とすることが認められません。これらを税法固有の繰延資産といいます。税法固有の繰延資産には、他に、会員制レジャークラブなどの入会金、コンビニなどのフランチャイズチェーンの加盟金などがあります。

 このような税法固有の繰延資産の表示場所ですが、会計上、繰延資産が限定列挙なので、繰延資産の部に載せることはできません。したがって、投資その他の資産の長期前払費用として表示します。

 

 

※本稿は、次の拙著を加筆修正したものです。

寺田誠一著 『ファーストステップ会計学 第2版』東洋経済新報社2006年 「第10章 繰延資産と繰延資産償却 1 繰延資産の意義と特徴」 

 

 

※このウェブサイトの趣旨については、「ご挨拶」参照。