「中小企業会計指針…金銭債務、引当金、退職給付」

 

2021年(令和3年)6月4日

寺田 誠一

 

金銭債務

 

要点

➢ 金銭債務とは、金銭の支払いを目的とする債務をいい、これには、支払手形、買掛金、借入金、社債等が含まれる。

➢ 金銭債務には、債務額を付す。

➢ デリバティブ取引に係る正味の債務は、時価をもって貸借対照表価額とし、評価差額は、当期の損益とする。

 

・金銭債務の定義、評価、表示

 

 金銭債務とは、金銭の支払を目的とする債務をいいます。支払手形、買掛金、借入金、社債(私募債を含む)などです。なお、「指針」では、金銭債務は網羅的に計上するとして、簿外債務が生じないよう注意を促しています(もちろん、重要性の乏しいものは例外です。)。

 

 金銭債務には、債務額を付します。社債は、払込みを受けた金額が債務額と異なる場合には、償却原価法に基づいて算定された金額をもって計上します。

 

 金銭債務についても、金銭債権と同様、正常営業循環基準と1年基準が適用されます。

 支払手形、買掛金、その他営業取引によって生じた金銭債務は、流動負債に表示します。借入金その他営業外取引によって生じた金銭債務については、1年基準が適用されます。すなわち、決算日の翌日から1年以内に支払・返済するものは流動負債とし、1年を超えるものは固定負債とします。

 

 関係会社(子会社・関連会社・親会社)に対する金銭債務は、金銭債権と同様、次の3種類のいずれかの方法により表示します。

① 項目別区分

② 項目別注記

③ 一括注記

 

 

・デリバティブ

 

 デリバティブ取引によって生じた正味の債務は、正味の債権と同様、時価をもって計上します。そして、評価損益は、当期の損益として処理します。

 

 ただし、デリバティブ取引のうちヘッジ目的の金利スワップ契約については、例外を置いています。すなわち、金融機関からの融資と組み合わせて金利スワップ契約を締結し、変動金利を固定金利に変換することを目的としている場合(または、その逆に、固定金利を変動金利に変換することを目的としている場合)です。借入金と金利スワップの元本の金額、利息の受払条件(利率、利息の受払日など)、契約期間などがほぼ同じであるなどの要件を満たしているときは、時価評価を行う必要はありません。金銭の受払の純額だけを、利息に加減して処理します。

 法人税法においても、デリバティブ取引は原則時価評価ですが、ヘッジ会計の認められるものについては時価評価の必要がないので、「指針」と一致しています。

 

 

引当金

 

➢ 将来の特定の費用又は損失であって、その発生が当期以前の事象に起因し、発生の可能性が高く、かつ、その金額を合理的に見積ることができる場合には、当期の負担に属する金額を当期の費用又は損失とし、引当金に繰り入れなければならない。

➢ 引当金には、賞与引当金のように法的債務(条件付債務)である引当金及び修繕引当金のように法的債務でないが将来の支出に備えるための引当金がある。

 

・引当金の設定要件

 

 次のすべての要件に該当するものは、引当金として計上しなければなりません。

① 将来の特定の費用または損失であること

② 発生が当期以前の事象に起因していること

③ 発生の可能性が高いこと

④ 金額を合理的に見積ることができること

 

 なお、将来の特定の費用または損失の見積額が、全額、当期に計上されるのではありません。当期に計上されるのは、当期の負担に属する部分の金額だけです。

 

・引当金の区分と表示

 

 「指針」は、引当金について、法的債務とそうでないものに分けて、次のように規定しています。すなわち、「指針」では、法的債務でないものは、重要性の高いものに限って計上するとしている点が特徴です。

① 賞与引当金など法的債務(条件付債務)である引当金は、負債として計上しなければなりません。

② 修繕引当金などのように、法的債務ではないが、将来の支出に備えるための引当金は、金額に重要性の高いものがあれば、負債として計上することが必要です。

 

 引当金は、会計上、資産のマイナスを意味する評価性引当金と負債の部に表示される負債性引当金とに区分されます。負債性引当金には、法的(条件付)債務(契約または契約に準ずるものに基づいて設定されるもの)と法的債務でないものとがあります。

 条件付債務とは、賞与規定に合致する在職をしていたら、退職金規定に合致する退職をしたら…というようなことを意味します。

 

 法人税法では、引当金の損金算入は認められておらず、例外的に、貸倒引当金のみ一部認められています。

 

 中小企業の実務で計上されるのは、貸倒引当金・賞与引当金・退職給付引当金だと思われます。

 

 引当金の繰入額は、売上高の控除項目、製造原価、販売費及び一般管理費、営業外費用として、その内容を示す適切な項目で計上します。

 

 

・賞与引当金

 

 翌期に支給する賞与の見積額のうち、当期の負担に属する部分の金額は、賞与引当金として計上しなければなりません(支給見込額基準)。法人税法では、現在、賞与引当金の繰入額は損金算入が認められていません。「指針」では、適正な期間損益計算のため、損金不算入であっても、賞与引当金の計上を要求している点が特徴です。

 なお、「指針」では、上記の支給見込額基準以外に、平成10年度改正前の法人税法の規定による支給対象期間基準を示しています。すなわち、支給対象期間の定めがある場合、または支給対象期間の定めがなくとも慣行として賞与の支給月が決まっているときは、次の計算額が合理的である限り、この金額を賞与引当金の額とすることができます。

 

繰入額=(前1年間の1人当たり賞与-当期対応の1人当たり賞与)×期末在職人数

 

 なお、役員賞与も、従業員賞与と同様、費用処理します(かつては、利益処分処理)。当期分の役員賞与を翌期の株主総会で決議する場合には、その見込額を、原則として引当金に計上します。役員賞与の引当金繰入額も、法人税法上、損金とは認められません。

 そもそも、役員賞与の支給額は、税務署に事前に届出をしない限り、損金とはなりません。

 

(設例)

 当社(3月決算)は、1~6月の期間に対応する賞与を7月に支給。3月決算時における7月の賞与見込額1,000。7月の実際支給額1,100。

 

決算時

(借)賞与引当金繰入額 500 (貸)賞与引当金 500

賞与支給時

(借)賞与引当金 500 (貸)現金預金 1,100

  賞  与  600

 

 

退職給付債務・退職給付引当金

 

要点

➢ 確定給付型退職給付制度(退職一時金制度、厚生年金基金及び確定給付企業年金)を採用している場合は、退職給付債務に未認識数理計算上の差異及び未認識過去勤務費用を加減した額から年金資産の額を控除した額を退職給付引当金として計上する。ただし、一定の場合には、退職給付に係る期末自己都合要支給額を退職給付債務とする方法(簡便的方法)を適用できる。

➢ 中小企業退職金共済制度、特定退職金共済制度及び確定拠出年金制度のように拠出以後に追加的な負担が生じない確定拠出制度を採用している場合は、毎期の掛金を費用処理する。

 

・退職給付会計―――原則法

 

 就業規則・退職金規定などに基づく確定給付型退職給付制度を採用している場合、給付が終了するまで従業員に対して法的債務を負っているため、引当金の計上が必要となります。

 退職給付債務は、退職時の退職給付見込額のうち、期末までに発生していると認められる額を、一定の割引率と予想残存勤務期間で割り引いて計算します。 退職給付債務は、計算上の概念であり、決算書には表示されません。

 退職給付引当金の計上は、次のように表されます。

退職給付引当金=退職給付債務-未認識数理計算上の差異-未認識過去勤務費用-年金資産

 

 割引率は、安全性の高い長期の債券(国債・政府機関債・優良社債など)の利回りを基準に決定します。予想残存勤務期間とは、予想される退職時から現在までの期間をいいます。

 年金資産とは、生命保険会社や信託銀行など社外に設けた企業年金のための基金に積み立てられている資産をいいます。年金資産は、退職給付の支払いのためにのみ使用することが制度的に保証されているので、負債としての退職給付引当金の計算において、差し引くものとされました。

  過去勤務費用とは、退職給付水準の改訂などに起因して発生した退職給付費用の増加(または減少)部分をいいます。過去勤務費用は、過去勤務期間の退職給付費用という意味です。

 数理計算上の差異とは、割引率などの見積数値と実績値との差異、また見積数値の変更などにより生じた差異をいいます。

 過去勤務費用と数理計算上の差異は、原則として、各期の発生額について、平均残存勤務期間内の一定の年数で按分した額を、毎期、費用処理します。発生時に全額計上するのでなく、将来の一定の期間に配分する処理を、遅延認識といいます。過去勤務費用のうちまだ費用処理されていないものを、未認識過去勤務費用といいます。数理計算上の差異のうちまだ費用処理されていないものを、未認識数理計算上の差異といいます。

 遅延認識が認められる理由は、過去勤務費用については、従業員の勤労意欲が将来にわたって向上すると期待されるからです。また、数理計算上の差異については、長期的性格のものなので、平準化して調整すべきだと考えるからです。

 

・退職給付会計―――簡便的方法

 

 原則法は、計算が複雑なため、年金数理人などの専門家に依頼することが通常必要となってきます。そのため、「指針」では、中小企業に適した簡便法として、退職一時金の場合、期末自己都合要支給額をもって退職給付債務とすることを認めています。

 確定給付型の企業年金制度であっても、通常、支給実績として従業員が退職時に一時金を選択することが多くなっています。この場合には、退職一時金制度と同様に、退職給付債務を計算することができます。

 

・確定拠出制度

 

 掛金の拠出以後に追加的な負担が生じない確定拠出制度は、掛金をもって費用処理します。法人税法上も、損金算入が認められます。

 ただし、退職一時金制度などの確定給付型と併用している場合には、それぞれ会計処理する必要があります。なお、退職一時金の一部を退職金共済などから支給する制度の場合には、期末自己都合要支給額から同制度より給付される額を除いた金額が退職給付債務となります。

 

・退職金規定がない場合等

 

 退職金規定がなく、かつ、退職金の支払いに関する合意も存在しない場合には、退職給付債務を計上することはできません。

 ただし、退職金の支給実績があり、将来においても支給する見込みが高く、金額を合理的に見積ることができる場合には、重要性がない場合を除き、退職給付引当金を計上する必要があるとしています。この場合、退職金の支払について法的債務を負っていないため、非債務性の引当金となります。

 

・特則

 

 退職給付引当金を一時に処理することは、業績に対して大きな影響を与える可能性が高くなります。そのため、「指針」適用に伴い新たな会計処理の採用により生じる影響額(適用時差異)は、通常とは異なる処理をします。すなわち、「指針」適用後10年以内の一定の年数または従業員の平均残存勤務年数のいずれか短い年数にわたり、定額法により費用処理するという特則を認めています。この場合、未償却の適用時差異の金額を注記します。

 なお、「指針」のこの10年以内の特則は、原則法と簡便的方法ともに適用になります。

 

(設例)

 今期より、退職給付会計(簡便的方法)を適用。期末自己都合要支給額500。

原則

(借)退職給付費用 500 (貸)退職給付引当金 500

特則(10年で定額計上)

(借)退職給付費用  50 (貸)退職給付引当金 50

 

 なお、法人税法では、退職給付会計の原則法・簡便的方法・特例いずれも、損金算入は認められていません。

 

 

※本稿は、次の拙稿を大幅に加筆修正したものです。

寺田誠一稿『税法との比較で理解する中小企業会計指針②』月刊スタッフアドバイザー 2005年11月号

 

 

※このウエブサイトの趣旨については、「ご挨拶」参照。