「中小企業会計指針…総論」

 

2021年(令和3年)4月22日

寺田 誠一

 

・総論の解説にあたり

 

 従来、中小企業の決算書においては、上場企業と異なり、法人税法に基づいて作成されることが多く、公正妥当な企業会計の基準に基づくという意識が乏しかったということがいえます。

 しかし、近年、ホームページによる決算書の公告が認められたことや、金融機関の融資が担保至上主義から企業の業績を重視するようになってきたことなどから、中小企業においても適正な決算書を作成すべきであるという気運が高まってきました。

 とりわけ、新会社法においては会計参与の制度が新設され、会計参与設置会社においては、会計参与は取締役と共同して決算書を作成します。会計参与が設置される会社は、圧倒的に中小企業が多いと思われます。そこで、会計参与の責任範囲を明確にするため、中小企業の会計の拠り所となる指針がどうしても必要となってきました。

 

 過去の経緯としては、2002年(平成14年)6月に中小企業庁が「中小企業の会計に関する研究会報告書」を公表しました。そして、より具体的なものとして、2002年(平成14年)12月に日本税理士会連合会が「中小企業会計基準」を、2003年(平成15年)6月に日本公認会計士協会が「中小企業の会計のあり方に関する研究報告」を、それぞれ公表しました。

 税理士会のものと公認会計士協会のものは大部分同じですが、細かいところで微妙な違いもあったので、実務上の混乱を避けるため、これらの統合が待たれていました。

 そこで、日本公認会計士協会、日本税理士会連合会のほか、中小企業を代表する日本商工会議所、わが国の会計基準の設定主体である企業会計基準委員会を加えた4団体で協議を重ね、統合した会計指針を公表することとなりました。2005年(平成17年)6月13日の「中小企業の会計に関する指針」公開草案の発表とその後のパブリックコメントの検討を経て、8月1日に「中小企業の会計に関する指針」が公表されました(本稿では、以下、「指針」)。なお、「指針」は、その後、毎年のように改訂されてきています。

 

 さて、旧商法32条第2項では、「商業帳簿の作成に関する規定の解釈については公正なる会計慣行を斟酌すべし」とされていました。また、新会社法第431条では「株式会社の会計は、一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行に従う」とされています。「指針」は、当初、中小企業全般における公正妥当と認められる会計慣行となることが予定されていました。

 しかし、その後、もっと簡略な「中小企業の会計に関する基本要領」(以下、本稿では、「要領」)が2012年(平成24年)2月1日公表されました。それにより、一般の中小企業は、「要領」を適用するようになりました。したがって、「指針」は、結果的に、上場企業に近い相当程度の規模の法人が対象ということになっています。

 

 中小企業会計のルールをどのように作成するかという方法について、対立する2つの考え方があります。

① トップ・ダウン方式

 トップ・ダウン方式は、「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準」(以下、本稿では、「企業会計基準」)を簡略化して中小企業向けのものを作っていくという作成方法です。この背景にある理念は、会計基準は1つであるべきとするシングル・スタンダードの考え方です。

② ボトム・アップ方式

 ボトム・アップ方式は、中小企業の現実の実態に合わせて作っていくという作成方法です。この背景にある理念は、中小企業の会計に対する基準は別のものがあってよいとするダブル・スタンダードの考え方です。

 

 「指針」には、原則的な処理で、トップ・ダウン方式、シングル・スタンダードを守りつつ、重要性等で、ボトム・アップ方式、ダブル・スタンダードの簡便的な処理を認めるという構成になっている部分があります。上手に考えた折衷的なルールだと思います。

 

 さて、「指針」は総論の各項目について、①本文をまとめた要点、②本文という形を採っています。本稿では、以下、要点をそのまま記載し、その後に、要点・本文に対するコメントを記していきたいと思います。

 

・目的

 

要点

➢ 株式会社は、会社法により、計算書類の作成が義務付けられている

➢ 中小企業の会計に関する指針(以下、「本指針」という。)は、中小企業が、計算書類の作成に当たり、拠ることが望ましい会計処理や注記等を示すものである。

➢ このため、中小企業は、本指針に拠り計算書類を作成することが推奨される。とりわけ、会計参与設置会社が計算書類を作成する際には、本指針に拠ることが適当である。

➢ このような目的に照らし、本指針は、一定の水準を保ったものとする。

 

 「指針」は、「一定の水準を保ったもの」と規定しています。この意味は、「企業会計基準」と極端に大きく異ならないということだと思います。また、簡便的な処理は、無条件ではなく、重要性が乏しい場合などに限定しています。したがって、「一定の水準を保ったもの」とは、中小企業にとっては、適用しづらい点があり得るということになります。

 

・対象

 

要点

➢ 本指針の適用対象は、以下を除く株式会社とする。

(1) 金融商品取引法の適用を受ける会社並びにその子会社及び関連会社

(2) 会計監査人を設置する会社及びその子会社

➢ 特例有限会社、合名会社、合資会社又は合同会社についても、本指針によることが推奨される。

 

 除かれている会社は、公認会計士または監査法人の監査を受けるので、「企業会計基準」に基づいて決算書を作成しなければなりません。したがって、指針の適用対象外となります。

 

・本指針の作成に当たっての方針

 

要点

➢ 企業の規模に関係なく、取引の経済実態が同じなら会計処理も同じになるべきである。しかし、専ら中小企業のための規範として活用するため、コスト・ベネフィットの観点から、会計処理の簡便化や法人税法で規定する処理の適用が、一定の場合には認められる。

➢ 会計情報に期待される役割として経営管理に資する意義も大きいことから、会計情報を適時・正確に作成することが重要である。

 

 本文で、法人税法で定める処理を会計処理として適用できるのは、以下の場合であると述べています。

(1) 会計基準がなく、かつ、法人税法で定める処理によった結果が、経済実態をおおむね適正に表していると認められる場合

(2) 会計基準は存在するものの、法人税法で定める処理に拠った場合と重要な差異がないと見込まれる場合

 

・本指針の記載範囲及び適用に当たっての留意事項

 

要点

➢ 本指針はすべての項目について網羅するのではなく、主に中小企業において必要と考えられるものについて重点的に言及している。

➢ 本指針で記載されていない点については、「本指針の作成に当たっての方針」の考え方に基づくことが求められる。

➢ 本指針の各論において記載の会計処理の中には、重要性の乏しいものについて、簡便な方法によることが認められているものがある。

 

 本文で、重要性の原則は、「指針」のすべての項目に適用されると述べています。

 

 次のような項目が、重要性の原則に該当すると思われます。

① 貸倒引当金

 原則は、一般債権・貸倒懸念債権・破産更生債権等に区分して取立不能見込額を算定します。ただし、簡便法として、法人税法上の繰入限度額で計上することができます。

② その他有価証券(市場価格あり)

 原則は時価評価です。ただし、保有額が多額でない場合には、簡便法として原価評価を認めています。

③ 有価証券の減損 

 原則は、市場価格のある有価証券について時価の著しい下落のとき、また、市場価格のない株式について実質価額の著しい低下のとき、それぞれ減損処理を行います。ただし、簡便法として法人税法上の取扱いを認めています。

④ 棚卸資産の評価基準

 原則は低価法です。ただし、金額的重要性がない場合には、簡便法として原価法が認められています。

⑤ 有形無形固定資産の減損

 資産の使用状況に大幅な変更があり、時価が著しく下落している場合には、減損損失を認識します。

⑥ ゴルフ会員権の減損

 ゴルフ会員権の計上額の重要性が高い場合には、減損処理を行います。

⑦ 引当金

 法的債務でない引当金については、金額に重要性の高いものがあれば、負債として計上します。

⑧ 税効果会計

 原則は税効果会計を適用します。ただし、一時差異に重要性が乏しい場合には、税効果会計を適用しないことができます。

⑨ リース取引

 所有権移転外ファイナンス・リース取引は、原則は売買処理です。ただし、簡便法として賃貸借処理を認めています。

 

 また、「指針」は、重要性以外に、退職給付債務の計算方法で、中小企業の特性(退職一時金が多い、年金は少ない)を考慮した簡便的な方法を認めています。

⓾ 退職給付引当金

 原則は、退職給付総額を割引計算します。ただし、退職一時金の場合には、期末自己都合要支給額を認めています。

 

 

※このウエブサイトの趣旨については、「ご挨拶」参照。