「労働保険の税務と会計処理(仕訳)」
2020年(令和2年)6月1日 (最終更新2023年8月8日)
寺田 誠一(公認会計士・税理士)
・労働保険の意義と金額
労働保険は、「労災保険」(労働者災害補償保険)と「雇用保険」(従前の名称は、失業保険)とに分かれます。労災保険とは、業務上・通勤途中における病気やけがなどに備えるための保険です。雇用保険とは、失業期間中の生活費に備えるための保険です。
労働保険、すなわち労災保険と雇用保険は、1人でも労働者を雇用している事業に適用になります。労災・雇用保険においては、役員は、原則として加入できません。労災保険には、パ-トも加入します。
雇用保険には、パ-トは原則加入できませんが、例外として、次の2つの条件を満たす場合には、加入することになります。
① 31日以上の雇用見込み
② 1週間の労働時間が20時間以上
労災保険と雇用保険の申告・納付の手続は、建設業などを除き、一緒に取り扱われるので、以下まとめて述べます。なお、労働保険では、給料(通勤手当を含む。(※))と賞与のことを「賃金」といいます。
※:税務では、通勤手当は、原則、給料扱いしないで交通費扱いですが、社会保険・労働保険では、給料扱いします。
労災保険は個人負担がなく、全額、会社負担です。給料・賞与の2.5/1,000から88/1,000まで、事業の種類ごとに、業務および通勤の災害率に応じて、料率が定められています(一番件数が多いのは、卸売業・小売業・飲食店などの3/1,000)。
雇用保険は、事業の種類によって、それぞれ料率が定められています。そして、雇用保険には、会社負担分(事業主負担分)と個人負担分(被保険者負担分)とがあります。社会保険すなわち健康保険・厚生年金とは異なり、折半ではありません。会社負担分の方が多くなっています。会社負担とは、会社の経費になることであり、勘定科目としては通常「法定福利費」を用います。個人負担とは、給料より天引きすることであり、通常「預り金」を用います。
雇用保険は、給料や賞与の実際の支給額に料率をかけて計算します。したがって、雇用保険料の給料からの天引き額(個人負担分)は、毎月変動します(健康保険・厚生年金は、原則、毎月同じ額なので、両者の相違点の1つです。)。なお、源泉所得税と異なり、扶養親族の数は関係しません。
・年度更新
労働保険は、会社の事業年度とは関係なく、どの会社でも、4月1日~3月31日の1年間を単位として計算します。この1年間を「保険年度」といいます。そして、労働保険の申告・納付は、年1回、6月1日から7月10日の間に行います(健康保険・厚生年金は、毎月納付なので、両者の相違点の1つです。)。これを、「年度更新」といいます。
年度更新は、年度当初に概算で保険料を1年分前払いし、翌年度当初に確定保険料を算出しその精算を行うとともに、翌年度の概算保険料をまた前払いするという繰り返しになっています。
概算保険料が400,000円以上の場合には、年3回(納期限は7月10日、10月31日、翌年1月31日)に分割して納めることができます。これを「延納」といいます。
年度更新は、具体的には、「概算・確定保険料、一般拠出金申告書」で計算します。まず、前年度分について、確定保険料を計算し、それを申告納付済の概算保険料と比較します。
概算保険料より確定保険料の方が多く、保険料が不足になる場合には、翌年度の概算保険料にその不足額を加えた額が、翌年度の納付額となります。
一方、概算保険料の方が確定保険料より多ければ、差額を翌年度の概算保険料に充当します。すなわち、概算保険料から充当額を差し引いた額が翌年度の納付額となります。役員・従業員が減っているときは、通常、概算保険料より確定保険料が少なくなります。
通常、翌年度の給料・賞与は前年度と同じと仮定して、翌年度の概算保険料を計算します。すなわち、翌年度の概算保険料の計算にあたり、翌年度の給料・賞与の見込額が前年度の50%以上200%以下のときは、前年度の給料・賞与の額をそのまま用います。
【第1段階】前年度分の精算
(概算保険料 < 確定保険料) ⇒ 不足
(概算保険料 > 確定保険料) ⇒ 充当
【第2段階】翌年度納付額の計算
不足時 ⇒ (概算保険料 + 不足額 = 納付額)
充当時 ⇒ (概算保険料 - 充当額 = 納付額)
(注) 翌年度概算保険料は、原則として、前年度確定額を用います。
また、労働保険の確定保険料の申告・納付時に併せて、「一般拠出金」の申告・納付も行います(一般拠出金は、2000年(平成19年)の申告より開始)。一般拠出金とは、アスベスト(石綿)の健康被害者の救済費用に充てるための負担額です。料率は、業種を問わず、一律0.02/1,000であり、全額、会社負担です。一般拠出金には概算納付の仕組みはなく、確定納付のみの手続きとなり、延納もできません。
年度更新の申告書を電子申請でなく書類で提出する場合、労働基準監督署に提出しなくても、金融機関の窓口で、納付とともに、申告書を受け付けてくれます。
なお、令和5年度の年度更新のときは、注意が必要です。令和4年度確定保険料は、令和4年10月に雇用保険料率が変更されているため、前期(令和4年4月1日~9月30日)と後期(令和4年10月1日~令和5年3月31日)とに分けて計算します。
・労働保険の税務上の取扱い
労働保険料の損金算入の時期等については、法人税基本通達9-3-3に規定があります。次のとおりです(原文の一部省略。)。
(1) 概算保険料
概算保険料のうち、被保険者が負担すべき部分の金額は立替金等とし、その他の部分の金額は概算保険料に係る申告書を提出した日、又はこれを納付した日の属する事業年度の損金の額に算入する。
(2) 確定保険料に係る不足額
概算保険料の額が確定保険料の額に満たない場合のその不足額のうち当該法人が負担すべき部分の金額は、申告書を提出した日、又はこれを納付した日の属する事業年度の損金の額に算入する。
ただし、当該事業年度終了の日以前に終了した保険年度に係る確定保険料について生じた不足額のうち当該法人が負担すべき部分の金額は、当該申告書の提出前であっても、これを未払金に計上することができるものとする。
(3) 確定保険料に係る超過額
概算保険料の額が確定保険料の額を超える場合のその超える部分の金額のうち当該法人が負担した概算保険料の額に係る部分の金額については、申告書を提出した日の属する事業年度の益金の額に算入する。
(1)の規定は、基本通達2-2-14(短期の前払費用)と同様の趣旨の規定と考えられます。すなわち、労働保険における概算保険料の会社負担分は、理論的には、本来、前払費用に計上して時の経過とともに損金に計上していくべきものです。しかし、1年以内の短期的なものなので、税務上、申告書提出日または納付日に、全額損金計上することを認めたものです(本来は翌期の損金となるべき部分を、前の期の損金とすることを許容する規定。)。
「法人税基本通達逐条解説」税務研究会出版局の基本通達9-3-3の解説にも、「前払費用ではあるとしても1年以内の短期の前払費用であるから、常に保険期間の経過に応じて繰り延べることを要求する必要はないと考えられる。そこで、これについては、法人が概算保険料に係る申告書の提出をした日・・・又はこれを納付した日の属する事業年度において損金の額に算入した場合には、これを認めることとされている。」と記述されています。
(2)の規定は、会社負担分の差額(不足額)につき、発生主義で未払計上することを認めています。(3)の規定は、会社負担分の差額(超過額)につき、発生主義ではなく、申告書提出日で益金に計上するとしています。
労働保険料の損金算入について、税務は、全体として、納税者有利に、損金は早めに、益金は遅めに計上することを認めています。
・概算保険料より確定保険料が多い場合の設例
(設例)
×1年4月~×2年3月(3月決算)の労働保険料
概算保険料 11,000円(個人負担分3,000円、会社負担分 8,000円)
確定保険料 14,000円(個人負担分4,000円、会社負担分10,000円)
このとき、次の仕訳はどうなりますか(支払いは、普通預金を使用)。
① ×1年4月~×2年3月の概算保険料
② ×1年4月~×2年3月の確定保険料
③ 概算保険料と確定保険料の整理
④ ×2年7月の年度更新時の概算保険料(金額は、×1年度の確定保険料と同じとする。)
(第1法)
① 概算保険料
(借)立 替 金 3,000 (貸)普通預金 11,000
(借)前払費用 8,000
第1法は、個人負担分は立替金、会社負担分は前払費用とする理論的な方法です。
② 確定保険料
(借)給 与 4,000 (貸)預 り 金 4,000
(借)法定福利費 10,000 (貸)未 払 金 10,000
本来は、給与時に、毎月行う仕訳ですが、1年分まとめて示しました。
③ 概算保険料と確定保険料の整理
(借)預 り 金 3,000 (貸)立 替 金 3,000
(借)未 払 金 8,000 (貸)前払費用 8,000
相殺できなかった預り金の1,000円と未払金の2,000円は、次の年度更新まで繰り越します。この整理は、決算日3月末、年度更新の前などに行います。
④ 年度更新(×2年7月)
(借)預 り 金 1,000 (貸)普通預金 17,000
未 払 金 2,000
立 替 金 4,000
前払費用 10,000
このとき、×1年度の概算保険料の不足分3,000円(個人負担分1,000円、会社負担分2,000円)を、×2年度の概算保険料と一緒に支払います。
(第2法)
① 概算保険料
(借)立 替 金 3,000 (貸)普通預金 11,000
法定福利費 8,000
第2法は、法人税基本通達に従って、会社負担分を損金(法定福利費)とする方法です。
② 確定保険料
(借)給 与 4,000 (貸)預 り 金 4,000
③ 概算保険料と確定保険料の整理
(借)預 り 金 3,000 (貸)立 替 金 3,000
(借)法定福利費 2,000 (貸)未 払 金 2,000
預り金の1,000円と未払金の2,000円は、次の年度更新まで繰り越します。
④ 年度更新(×2年7月)
(借)預 り 金 1,000 (貸)普通預金 17,000
未 払 金 2,000
立 替 金 4,000
法定福利費 10,000
(第3法)
① 概算保険料
(借)法定福利費 11,000 (貸)普通預金 11,000
② 確定保険料
(借)給 与 4,000 (貸)法定福利費 4,000
③ 概算保険料と確定保険料の整理
仕訳なし
④ 年度更新(×2年7月)
(借)法定福利費 17,000 (貸)普通預金 17,000
第3法は、概算保険料の支払いを、すべて法定福利費で処理する方法です。給与から天引きする確定保険料も、法定福利費のマイナスで処理します。この方法は、会社負担分と個人負担分とを、仕訳で分けなくて済む簡便性があります。ただし、法定福利費の当期と翌期における期間帰属が正しく行われないおそれがあります。しかし、この方法は、中小企業において広く行われており、毎期継続していれば課税上弊害もないと思われます。
・概算保険料より確定保険料が少ない場合の設例
(設例)
×1年4月~×2年3月(3月決算)の労働保険料
概算保険料 11,000円(個人負担分3,000円、会社負担分8,000円)
確定保険料 7,000円(個人負担分2,000円、会社負担分5,000円)
このとき、次の仕訳はどうなりますか(支払いは、普通預金を使用)。
① ×1年4月~×2年3月の概算保険料
② ×1年4月~×2年3月の確定保険料
③ 概算保険料と確定保険料の整理
④ ×2年7月の年度更新時の概算保険料(金額は、×1年度の確定と同じとする。)
(第1法)
① 概算保険料
(借)立 替 金 3,000 (貸)普通預金 11,000
前払費用 8,000
② 確定保険料
(借)給 与 2,000 (貸)預 り 金 2,000
(借)法定福利費 5,000 (貸)未 払 金 5,000
③ 概算保険料と確定保険料の整理
(借)預 り 金 2,000 (貸)立 替 金 2,000
(借)未 払 金 5,000 (貸)前払費用 5,000
相殺できなかった立替金の1,000円と前払費用の3,000円は、次の年度更新まで繰り越します。
④ 年度更新(×2年7月)
(借)立 替 金 2,000 (貸)立 替 金 1,000
前払費用 5,000 前払費用 3,000
普通預金 3,000
この場合、繰り越された×1年度の概算保険料の超過額4,000円(個人負担分1,000円、会社負担分3,000円)だけ、支払う預金額が少なくて済みます。
(第2法)
① 概算保険料
(借)立 替 金 3,000 (貸)普通預金11,000
法定福利費 8,000
② 確定保険料
(借)給 与 2,000 (貸)預 り 金 2,000
③ 概算保険料と確定保険料の整理
(借)預 り 金 2,000 (貸)立 替 金 2,000
(借)前払費用 3,000 (貸)雑 収 入 3,000
貸方の雑収入は、法定福利費を計上したのと同じ事業年度ならば、法定福利費(貸方なので、マイナスという意味)とすることもできます。
④ 年度更新(×2年7月)
(借)立 替 金 2,000 (貸)立 替 金 1,000
法定福利費 5,000 前払費用 3,000
普通預金 3,000
(第3法)
① 概算保険料
(借)法定福利費 11,000 (貸)普通預金 11,000
② 確定保険料
(借)給 与 2,000 (貸)法定福利費 2,000
③ 概算保険料と確定保険料の整理
仕訳なし
④ 年度更新(×2年7月)
(借)法定福利費 3,000 (貸)普通預金 3,000
預金で支払った3,000円だけを、法定福利費とします。
3つの典型的な会計処理を示しましたが、実務的には、これらから派生したさまざまな方法があり得ます。
※本稿は、次の拙稿を加筆修正したものです。
寺田誠一稿『経理の疑問点スッキリ解明 第5回 労働保険』月刊スタッフアドバイザー 2009年(平成21年)8月号
※社会保険の会計処理(仕訳)の各種方法については、「社会保険の内容と会計処理(仕訳)」参照。
※このウェブサイトの趣旨については、「ご挨拶」参照。