「個人事業の決算書…元入金・事業主貸・事業主借」
2020年(令和2年)10月26日(最終更新2021年7月8日)
寺田 誠一(公認会計士・税理士)
・独特の勘定科目
法人組織ではなく個人事業で経営を行っている場合には、毎年1~12月が1事業年度となり、翌年3月15日までに確定申告を行うことになります。その確定申告の添付書類の1つに青色申告決算書がありますが、その貸借対照表には独特の勘定科目があります。「事業主貸(店主貸)」「事業主借(店主借)」「元入金」です。
事業主貸は、事業主に対する貸付金・仮払金を意味します(法人企業でいえば、社長に対する貸付金・仮払金)。具体的には、生活費や税金(経費にならない所得税・住民税)などの支払いです。
事業主借は、事業主からの借入金・仮受金を意味します(企業でいえば、社長からの借入金・仮受金)。
元入金は、複雑で、次の式で表されます。
当期の元入金=前期の元入金+前期の所得+前期末の事業主借-前期末の事業主貸
企業でいえば、前期の社長出資の資本金+前期の利益+前期末の社長借入金-前期末の社長貸付金ということになります。個人事業主が、前期までにその事業につぎ込んだ資金ということになります。いわば、個人事業の、その事業年度における「もとで」です。
法人企業の場合には、資本金、利益、社長貸付金、社長借入金の4つは厳然と区別されます。しかし、個人事業の場合には、企業と異なり、この4つについて、前期以前のものは区別する必要性がないということで、一体として取り扱われます。
・事業主貸、事業主借、元入金の特徴
青色申告決算書の貸借対照表は、科目について、次の特徴があります。
① 事業主貸、事業主借、元入金は、期末と翌期首の金額が一致しない。
② 元入金は、期中は変動がないとみなして、期首と期末はいつでも同じ額となる。
③ 事業主貸、事業主借、所得の期首には、斜線が引かれている。すなわち、金額は記入されない(ここでは、「所得」と略しましたが、正式名称は、「青色申告特別控除前の所得金額」です。)。
以下、設例で見て行きます
(設例)
前期末の事業主貸1,700,000円 前期末の事業主借3,500,000円 前期首の元入金14,000,000円 前期の青色申告特別控除前の所得5,000,000円
このとき、青色申告決算書における該当箇所は、どのようになりますか。
① 前期の貸借対照表
② 当期の貸借対照表
(前期)
科目 |
期首 |
期末 |
科目 |
期首 |
期末 |
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事業主借 |
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3,500,000 |
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元入金 |
14,000,000 |
14,000,000 |
事業主貸 |
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1,700,000 |
所得 |
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5,000,000 |
合計 |
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合計 |
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(当期)
科目 |
期首 |
期末 |
科目 |
期首 |
期末 |
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事業主借 |
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元入金 |
20,800,000 |
20,800,000 |
事業主貸 |
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所得 |
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合計 |
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合計 |
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当期の期首(期末も同じ。)の元入金の額は、前期の元入金14,000,000+前期の所得5,000,000+前期末の事業主借3,500,000-前期末の事業主貸1,700,000=20,800,000円となります。
いわば、前期末が終わって、当期首の間に、次の仕訳を行っていると仮定するわけです。
(借)元入金 14,000,000 (貸)事業主貸 1,700,000
事業主借 3,500,000 元入金 20,800,000
所 得 5,000,000
この仮想仕訳の意味は、次のとおりです。本来の場所が貸方(右側)である元入金14,000,000円、事業主借3,500,000円、所得5,000,000円を減少させるため、借方(左側)に記入します。そして、本来の場所が借方(左側)である事業主貸1,700,000円を減少させるため、貸方(右側)に記入します。これらの差し引きの結果である元入金の増加20,800,000を、貸方(右側)に記入します。これらの結果、事業主貸・事業主借・所得の期首残高は0となります。
パソコン会計では、これらの計算・処理を、何も仕訳・入力しなくても、自動的に行ってくれます。
元入金は、その事業年度の「もとで」なので、期首に計算されたら、期中に変動はなく、期末は期首と同じ額となります。
事業主貸、事業主借、所得の3つは元入金に合算されるので、翌期首においては0となり、斜線が引かれています。
所得は、個人事業の1年間の利益であり、期首から期中を経て期末に至るまでに計上されるものです。所得は、法人の当期純利益に相当するものであり、利益剰余金(過去から当期に至る累積の利益)に相当するものではありません。したがって、期首においては0です。そのような意味でも、所得の期首の欄には斜線が引かれています。
・貸借対照表の表示
個人事業の貸借対照表の表示については、さらに、次のような特徴があります。
① 貸借対照表は、期首と期末の2列で示され、期首と期末の比較ができるようになっている。
② 流動・固定の区分表示を採っていない。
青色申告決算書の貸借対照表の「資産の部」には、次の科目が列挙され印刷されています。
現金
当座預金
定期預金
その他の預金
受取手形
売掛金
有価証券
棚卸資産
前払金
貸付金
建物
建物附属設備
機械装置
車両運搬具
工具器具備品
土地
事業主貸
貸借対照表の「負債・資本の部」には、次の科目が列挙され印刷されています。
支払手形
買掛金
借入金
未払金
前受金
預り金
貸倒引当金
事業主借
元入金
青色申告特別控除前の所得金額
法人のように、流動資産・固定資産…という区分はされていません。資産は現金から事業主貸まで、負債・資本は支払手形から青色申告特別控除前の所得金額まで、上下に羅列されています。
たとえば、流動資産と固定資産の区分がないので、短期貸付金と長期貸付金という区別はなく、貸付金で表示されます。流動負債と固定負債の区分がないので、短期借入金と長期借入金という区別はなく、借入金で表示されます。
預金のなかで一番よく使う普通預金は、列挙されている科目のなかにないので、違和感はありますが、「その他の預金」に記入することになります。
資産は、土地から事業主貸までの間に、7行空白があります。該当の科目がない場合にはそこに記入します。たとえば、差入保証金・敷金などが考えられます。
負債・資本は、預り金から貸倒引当金の間に、7行空白があります。該当の科目がない場合にはそこに記入します。
また、貸倒引当金から事業主借の間にも、7行空白があります。ここには、受取利息や受取配当金が記入されます。個人事業では、法人と異なり、所得の種類を分けます。受取利息は利子所得、受取配当金は配当所得となり、いずれも事業所得ではありません。事業所得の収益ではないので、損益計算書には計上せず、貸借対照表の事業主借の一種として計上します。受取利息や受取配当金は、翌期首には元入金に振り替えられることは、事業主借と同じです。
・損益計算書の表示
青色申告決算書の損益計算書の売上には、雑収入も含みます。
損益計算書の経費科目は、次のものが列挙され印刷されています。
租税公課
荷造運賃
水道光熱費
旅費交通費
通信費
広告宣伝費
接待交際費
損害保険料
修繕費
消耗品費
減価償却費
福利厚生費
給料賃金
外注工賃
利子割引料
地代家賃
貸倒金
雑費
個人事業の決算書は、販売費及び一般管理費と営業外費用・特別損失とを分けずに、「経費」として一括しているのが特徴です。複雑にしないで、簡潔にしようという趣旨です。
「貸倒金」は、一般的な用語では、「貸倒損失」です。
「損害保険料」は、文字どおり損害保険料だけです。生命保険料は、法人と異なり、経費には計上されません。確定申告書において、生命保険料控除として、所得より差し引かれます。
「利子割引料」は、法人では一般に「支払利息」とされ、営業外費用に記載されます。利子割引料以外の上記の科目は、法人では販売費及び一般管理費とされます。
個人事業で使用している科目が上記の列挙されている科目にない場合には、類似の科目に含めるのがよいでしょう。たとえば、法定福利費という科目を使用した場合には、福利厚生費に含めます。会議費は接待交際費に含め、事務用品費(事務消耗品費)は消耗品費に含めます。
また、貸倒金と雑費の間には6行空白があるので、類似の科目がない場合にはそこに記入します。たとえば、支払手数料・賃借料(リース料)・諸会費・車両費・新聞図書費などが考えられます。
青色申告決算書では、経費の後に、税法で特別の定めのある、貸倒引当金の戻入額と繰入額、専従者給与を記載するようになっています。
青色事業専従者給与とは、生計を一(いつ)にする配偶者その他の親族に対する給与です。これらを計上するためには、税務署に届け出をすることが必要です。
・青色申告特別控除
青色申告の個人事業者は、帳簿に基づいて取引をきちんと記録しているわけです。その報奨として、実際にかかった経費とは別に、追加で、損益計算書の一番最後に、青色申告特別控除という経費を計上することができます。
青色申告決算書の損益計算書を作成していれば、100,000円計上できます。貸借対照表も作成していれば、100,000円ではなく、550,000円計上できます。さらに、電子申告などをしていれば、550,000円ではなく、650,000円計上できます。
会計ソフトを用いて記帳していれば、貸借対照表まで作成できますから、550,000円または650,000円になると思われます。
※個人と法人の違いについては、「個人事業と法人企業の税務上の違い」 参照。
※このウェブサイトの趣旨については、「ご挨拶」参照。