「有価証券取得・売却・評価の設例」
2020年(令和2年)3月23日(最終更新2024年8月10日)
寺田 誠一(公認会計士・税理士)
・有価証券の取得と売却
同じ銘柄の有価証券を異なる価格で購入した場合には、移動平均法または総平均法で計算します。
また、有価証券の取得のとき、証券会社に支払う手数料などの付随費用は取得原価に含めます(期末に時価評価するときは、付随費用の見積もりが煩雑なので、その時価には付随費用を含めません。)。
一方、有価証券売却時の手数料は、費用処理します。
(設例)
長期運用目的の有価証券を、次のように売買したときの仕訳はどうなりますか(入出金は普通預金、仕訳は税抜経理方式で仮払消費税を明示する別記入力、売却時の手数料は認識)。
① 購入時:購入価格1,000,000円、購入手数料10,000円、消費税1,000円の場合
②-1 売却時:売却価格900,000円、売却手数料9,000円、消費税900円の場合
②-2 売却時:売却価格1,200,000円、売却手数料12,000円、消費税1,200円の場合
① 購入時
(借)投資有価証券 1,010,000 (貸)普通預金1,011,000
仮払消費税 1,000
②-1 売却時(売却価格900,000円)
(借)普通預金 890,100 (貸)投資有価証券売却収入 900,000
支払手数料 9,000
仮払消費税 900
貸方の投資有価証券売却収入は、消費税区分では「非課税売上の有価証券譲渡」と指示します。
(借)投資有価証券売却収入900,000
投資有価証券売却損 110,000
(貸)投資有価証券 1,010,000
借方の 投資有価証券売却収入、投資有価証券売却損 は、消費税区分では「対象外(不課税)」と指示します。
②-2 売却時(売却価格1,200,000円)
(借)普通預金 1,186,800
支払手数料 12,000
仮払消費税 1,200
(貸)投資有価証券売却収入 1,200,000
貸方の投資有価証券売却収入は、消費税区分では「非課税売上の有価証券譲渡」と指示します。
(借)投資有価証券売却収入1,200,000
(貸)投資有価証券 1,010,000
投資有価証券売却益 190,000
借方の 投資有価証券売却収入、貸方の投資有価証券売却益 は、消費税区分では「対象外(不課税)」とします。
有価証券売却損益の損益計算書上の表示は、次のとおりです。売買目的有価証券の売却は、売却益が出たものと売却損となったものとを相殺して、営業外損益に表示します。子会社株式および関連会社株式の売却は、売却益と売却損とを相殺しないで、両建てで特別損益に表示します。その他有価証券は、取引先の株式の売却など臨時的なものは特別損益とし、長期運用目的などそれ以外のものの売却は営業外損益とします。
・ その他有価証券の評価差額
その他有価証券は、毎期末、時価で計上しなければなりませんただし、税務上、その他有価証券は原価評価です。したがって、会計上と税務上の有価証券の簿価に差異が生ずるので、税効果会計の対象となります。
なお、中小企業については、その他有価証券の時価評価は強制されておらず、取得原価も選択可能です。したがって、中小企業は、通常、原価評価するので、税務とも一致します。
さて、その他有価証券を時価で計上した場合(強制評価減を除く。)の評価差額については、洗替方式により、全部純資産直入法または部分純資産直入法のいずれかの方法で処理します。
全部純資産直入法とは、時価と取得原価との差額である評価差額を、すべて純資産の部に直接計上する方法です(損益計算書を通りません。)。
部分純資産直入法とは、時価が取得原価を上回る銘柄に関する評価差益は純資産の部に計上し、時価が取得原価を下回る銘柄に関する評価差損は損益計算書の営業外費用とする方法です。損益計算書の評価差損については、洗替方式により、翌期の損益計算書において戻し入れします。また、評価差損について、通常の税効果会計が適用されます。
純資産の部に計上されるその他有価証券の評価差額については、税効果会計を適用し、純資産の部において区分して記載しなければなりません。時価が取得原価を上回る場合には、将来、売却したならば課税される額を繰延税金負債に計上し、残額を純資産の部に計上します。時価が取得原価を下回る場合には、将来、売却したときに減税効果のある額を繰延税金資産に計上し、残額を純資産の部に計上します。
このように純資産直入(ちょくにゅう)という方法が採られたのは、次の理由によります。その他有価証券の時価の変動は投資者にとって有用な投資情報ですが、その他有価証券については、事業遂行上などの必要性から直ちに売買・換金を行うことには制約があります。したがって、評価差額を直ちに当期の損益として処理することは適切でないと考えたからです。
なお、部分純資産直入法を許容したのは、従来、保守主義の見地から、低価法が認められていたことを考慮したためです。しかし、部分純資産直入法は、時価が取得原価を上回った場合と下回った場合とで整合性のない処理方法であるため、全部純資産直入法の方が望ましいと考えます。
(設例)
Ⅰ期の期末に、その他有価証券について400,000円の評価差損を計上し、全部純資産直入法を採用。税効果会計を適用し、法定実効税率は30%とする。
仕訳は、次のとおりです。
(借)繰延税金資産 120,000
その他有価証券評価差額金280,000
(貸)投資有価証券 400,000
繰延税金資産120,000円は、貸借対照表の投資その他の資産に表示されます。その他有価証券評価差額金は借方280,000円なので、純資産の部でマイナス280,000円として表示されます。
全部純資産直入法を採った場合には、損益計算書の利益に影響しません。損益計算書に評価損が計上されないので、別表四の加算も必要ありません。
この場合にも税効果を認識するのは、次のような考えによるものと思われます。将来、この有価証券を売却して400,000円の売却損が生じた場合には、400,000円が税務上損金となるので、120,000円の減税効果があります。したがって、利益の減少すなわち純資産の部の減少は、税効果を考えると280,000円とみることができます。表面的には評価差損すなわち純資産の部の減少は400,000円ですが、将来の減税効果120,000円を考えて、純資産の部の減少を280,000円としたものです。
なお、その他有価証券の評価差額については、洗替方式が採られています。Ⅱ期の期首においては、Ⅰ期に行った仕訳の逆仕訳を行います。
(借)投資有価証券 400,000
(貸)繰延税金資産 120,000
その他有価証券評価差額金 280,000
したがって、Ⅱ期の期中に売却すれば、売却価額と当初の取得原価との差額が、売却損益として損益計算書に計上されます。もし、売却しないでⅡ期の期末においてもこの有価証券を保有している場合には、改めて、Ⅱ期末の時価に基づく税効果会計適用後の評価差額を貸借対照表に計上することになります。
(設例)
Ⅰ期の期末に、その他有価証券について500,000円の評価差益を計上し、全部純資産直入法を採用。税効果会計を適用し、法定実効税率は30%とする。
仕訳は、次のとおりです。
(借)投資有価証券 500,000
(貸)繰延税金負債 150,000
その他有価証券評価差額 350,000
繰延税金負債150,000円は、貸借対照表の固定負債に表示されます。その他有価証券評価差額金は貸方350,000円なので、純資産の部でプラス350,000円として表示されます。将来、売却して500,000円の売却益が生じた場合には、150,000円納税額が生じるので、純資産の部の増加は税効果を考えると350,000円とみることができます。
Ⅱ期の期首においては、Ⅰ期に行った仕訳の逆仕訳を行います。
(借)繰延税金負債 150,000
その他有価証券評価差額金350,000
(貸)投資有価証券500,000
※本稿は、次の拙稿の一部を加筆修正したものです。
寺田誠一稿『経理の疑問点スッキリ解明 第12回 有価証券』月刊スタッフアドバイザー 2010年(平成22年)3月号
※有価証券の教科書的な説明については、「有価証券の分類と表示」「有価証券の評価」参照。
※有価証券の実務的な詳述は、「有価証券の分類と評価」参照。
※このウェブサイトの趣旨については、「ご挨拶」参照。