「退職給付会計の設例」
2020年(令和2年)8月31日(最終更新2021年7月14日)
寺田 誠一(公認会計士・税理士)
・退職給付引当金の仕訳
従来の退職給与引当金は、1998年(平成10年)の「退職給付に関する会計基準」により、新たに退職給付引当金となりました。退職時に一括で支払う退職一時金と退職後毎年支払う企業年金(退職年金)とを統一的に取り扱うことや割引率による現価方式を採っていることが、特徴点です。
以下、個別財務諸表を前提に述べていきます。
退職給付引当金は、将来の退職給付(退職一時金または企業年金)のうち、当期の負担に属する額を当期の費用として引当金に繰り入れたとき生じる貸方項目です。
退職給付債務は、退職時の退職給付見込額のうち、期末までに発生していると認められる額を、期末の割引率と残存勤務期間で割り引いて計算します。退職給付債務は、計算上の概念であり、決算書には表示されません。
割引率は、安全性の高い長期の債券(国債・政府機関債・優良社債など)の利回りを基準に決定します。
退職給付引当金は、退職給付債務から年金資産を差し引いた額です。年金資産とは、生命保険会社や信託銀行など社外に設けた企業年金のための基金に積み立てられている資産をいいます。年金資産は、退職給付の支払いのためにのみ使用することが制度的に保証されているので、一般の資産と同様に貸借対照表の資産の部に計上することは、かえって財務諸表の読者に誤解を与えるおそれがあります。よって、年金資産は、負債としての退職給付引当金の計算において差し引くものとされました。
退職給付引当金=退職給付債務-年金資産
したがって、企業年金基金への掛け金の支払いは、年金資産が増加するので、その結果、退職給付引当金は減少します。よって、掛け金の支払いは、費用を計上するのではなく、退職給付引当金を減少させる仕訳を行います。
(借)退職給付引当金 ××× (貸)現金預金 ×××
また、退職一時金の支払いは、退職給付債務すなわち退職給付引当金の減少となります。よって、退職給付引当金を減少させる仕訳を行います。
(借)退職給付引当金 ××× (貸)現金預金 ×××
それに対して、年金基金から退職従業員への退職一時金・年金の支払いは、退職給付債務が減少しますが、同額、年金資産も減少します。したがって、前述の等式からわかるように、退職給付引当金の額には、変動がありません。よって、仕訳は不要です。
・退職給付費用の仕訳
当期の勤務費用と利息費用は退職給付費用として処理し、企業年金制度を採用している場合には、年金資産に関する当期の期待運用収益を差し引きます。
退職給付費用=勤務費用+利息費用-期待運用収益
勤務費用は、退職給付見込額のうち当期に発生したと認められる額を、一定の割引率と残存勤務期間で割り引いて計算します。勤務費用は、退職給付費用の増加となります。
(借)退職給付費用 ××× (貸)退職給付引当金 ×××
利息費用とは、割引計算により算定された期首時点における退職給付債務について、期末までに時の経過により発生する計算上の利息をいいます。利息費用は、期首の退職給付債務に割引率を乗じて計算します。利息費用も、退職給付費用の増加となります。
(借)退職給付費用 ××× (貸)退職給付引当金 ×××
期待運用収益は、期首の年金資産の額に期待運用収益率(合理的に期待される収益率)を乗じて計算します。期待運用収益があればその分退職給付費用が軽減されるので、期待運用収益は退職給付費用の減少となります。
(借)退職給付引当金 ××× (貸)退職給付費用 ×××
・設例による解説
(設例)
10年後退職見込。そのときの退職一時金見込額10,000,000円。割引率1%とする。×1期末に、企業年金基金に700,000円の掛け金を拠出。×1期と×2期の仕訳はどうなりますか。
(×1期の処理)
退職給付見込額のうち当期までに発生したと認められる額は、退職給付見込額について全勤務期間で除した額を各期の発生額とする方法など、従業員の労働の対価を合理的に反映する方法を用いて計算します。ここでは、全勤務期間10年で割り算します。
退職給付見込額10,000,000円のうち各期の負担に属する額
10,000,000÷10年=1,000,000
次に、この1,000,000円という額は10年後の時点を基準としたものなので、これを割引率と残存勤務期間により、現在価値に割り引いて、×1期の勤務費用を算出します。
1,000,000÷(1+0.01)9 =914,339
(借)退職給付費用 914,339 (貸)退職給付引当金 914,339
×1期末の掛け金拠出700,000円は、退職給付引当金を取り崩します。
(借)退職給付引当金 700,000 (貸)現金預金 700,000
(×2期の処理)
×2期の勤務費用は、次のとおりです。
1,000,000÷(1+0.01)8 =923,483
(借)退職給付費用 923,483 (貸)退職給付引当金 923,483
それに加えて、時間的経過により、×1期末の退職給付債務を、×2期末の価値に置き換えます。これが利息費用です。
914,339×0.01=9,143
(借)退職給付費用 9,143 (貸)退職給付引当金 9,143
また、年金資産の期待運用収益率が1%であったとすれば、Ⅱ期末の期待運用収益は次のようになります。
700,000×0.01=7,000
(借)退職給付引当金 7,000 (貸)退職給付費用 7,000
×2期末の退職給付引当金の勘定分析、次の図のとおりです。
(勘定分析図の説明)
×2期末の退職給付債務は、次のとおりです。
×1期勤務費用914,339円+×2期勤務費用923,483円+利息費用9,143円=1,846,965円
この金額は、次の計算結果と一致します。
(×1期の負担額1,000,000円+×2期の負担額1,000,000円)÷(1+0.01)8=1,846,965円
×2期末の)退職給付引当金の残高は、次のとおりです。
×2期末の退職給付債務1,846,965円-年金資産707,000円=1,139,965円
この金額は、仕訳から追っていっても、当然のことながら一致します。
×1期勤務費用914,339円-年金資産700,000円+×2期勤務費用923,483円+利息費用9,143円-期待運用収益7,000円=1,139,965円
・過去勤務費用と数理計算上の差異
過去勤務費用とは、退職給付水準の改訂などに起因して発生した退職給付債務の増加(または減少)部分をいいます。すなわち、退職給付規定の改訂により生じた、改訂前の水準で計算した退職給付債務と、改訂後の水準で計算した退職給付債務との差額です。
数理計算上の差異とは、以下により生じた差異をいいます。
① 割引率や年金資産期待運用収益率などの見積数値と実績値との差異
② 見積数値の変更により生じた差異
これらの差異は、原則として、各期の発生額について、平均残存勤務期間内の一定の年数で按分した額を、毎期、退職給付費用に追加して費用処理します。発生時に全額計上するのでなく、将来の一定の期間に配分するこの処理を、遅延認識といいます。過去勤務費用のうちまだ費用処理されていないものを、未認識過去勤務費用といいます。数理計算上の差異のうちまだ費用処理されていないものを、未認識数理計算上の差異といいます。
遅延認識が認められる理由は、次のとおりです。
① 退職給付水準の改訂は、従業員の勤労意欲が将来にわたって向上すると期待される。
② 数理計算上の差異については、長期的性格のものなので、平準化して調整すべきと考える。
過去勤務費用と数理計算上の差異を考慮すると、前述の退職給付引当金と退職給付費用の計算式は、次のようになります。
退職給付引当金=退職給付債務-年金資産-未認識過去勤務費用-未認識数理計算上の差異
退職給付費用=勤務費用+利息費用-期待運用収益+過去勤務費用の費用処理額+数理計算上の差異の費用処理額
・コラム「簡便法」
退職給付会計では、割引率・期待運用収益率・退職率・死亡率・予定昇給率など多くの見積数値を用います。これらに基づいて将来の退職給付見込額を予想し、それを現在価値に割り引きます。このためには、高度な年金数理計算が必要になり、通常は専門家に依頼することが多いようです。
ところで、従業員数が比較的少ない小規模な企業などにおいては、次のような場合、期末退職給付要支給額を用いるなどの簡便法が認められます。期末退職給付要支給額とは、期末に全員が退職すると仮定した場合に支給が必要な退職金の金額です。
① 高い信頼性をもって年金数理計算の見積りを行うことが困難な場合(年齢や勤務期間にかたよりがある場合)
② 退職給付費用・退職給付引当金の重要性が乏しい場合
※本稿は、次の拙著を加筆修正したものです。
寺田誠一著 『ファーストステップ会計学 第2版』東洋経済新報社2006年 「第11章 負債と引当金繰入額 5 退職給付会計」
※このウェブサイトの趣旨については、「ご挨拶」参照。