「インボイスの基本…取引先への具体的な対応」
2021年(令和3年)9月26日(最終更新2022年5月11日)
寺田 誠一(公認会計士・税理士)
・はじめに
2023年(令和5年)10月1日より、消費税のインボイス(適格請求書)制度が始まります。インボイスとは、現在の請求書・領収書などに、税務署から交付された登録番号を付加したものです(詳しくは、後述)。
2021年(令和3年)10月1日より、その登録番号の申請が開始されます。課税事業者は、ほとんどすべて申請すると思われます。免税事業者は申請できない(=インボイスを発行できない)ので、対応をよく検討する必要があります(詳しくは、後述)。
・なぜインボイス(適格請求書)が導入されるのか
まず、消費税(前段階控除の間接税)のしくみを、設例で簡単に説明します。
(設例1)
A社が商品をB社に本体価格700・消費税70・税込み770で販売し、B社はその商品を消費者に本体価格900・消費税90・税込み990で販売するものとします。この場合、消費税の国への納付はどのようになりますか。
この取引全体の消費税は、90です。これは、結局、消費者が負担しています。すなわち、消費者は、B社より購入するとき、この商品の消費税90を支払っています。ただし、納付は、A社とB社とで、按分します。すなわち、A社の納付額は70、B社の納付額は90から70を控除した20となります(70差し引くことを、「仕入税額控除」といいます。)。
B社が20納付するのは、A社が70納付しているということが前提です。ただし、A社が消費税を納付していない「免税事業者」(※)の場合には、70は納付せずにA社の売上代金の一部となります(いわゆる、もらい得で、「益税(えきぜい)」という問題です。ただし、その70の売上に対して、法人税は課税されます。)
※:前々年度の「課税売上」(※2)が1千万円以下の事業者は、消費税の申告納税義務がありません。これを「免税事業者」といいます。小規模事業者の事務手数や担税力に配慮したものです。一方、消費税の申告納税義務がある事業者を「課税事業者」といいます。
※2:通常の売上は、消費税がかかる「課税売上」となります。住宅家賃・土地販売・受取利息・受取配当金・補助金助成金などは消費税がかからないので、「課税売上」に該当しません。
B社は、A社が課税事業者なのか免税事業者なのかはわかりません。したがって、今まで、B社は、70を控除して、20だけ納付すればよいという取扱いでした。
消費税導入から30年以上経つので、2023年(令和5年)10月1日からは、原則どおりの処理を行おうとするものです。A社が課税事業者ならばB社の納付は20ですが、A社が免税事業者ならば70は控除できず、B社の納付は90となります。すなわち、B社の消費税負担が増えます(実際には、後述の経過措置あり。)。
B社が70控除するためには、A社が課税事業者であることが必要です。したがって、免税事業者は、しだいに取引から排除されていくかもしれません。
A社が課税事業者であると証明するものが「インボイス」です。インボイスは、課税事業者でないと発行できません。免税事業者は発行できません。インボイス制度の導入により、A社が課税事業者なのか、免税事業者なのかがわかります。
2023年(令和5年)10月1日からは、インボイスがあれば消費税の仕入税額控除ができますが、インボイスがないと控除が段階的にできなくなります。免税事業者がインボイスなしに消費税を計上しても、それは、消費税ではなく売上や仕入の取引金額の一部ということになります。
以上まとめると、インボイス制度の趣旨は、免税事業者の益税を減らしていくこと、免税事業者が課税事業者になるよう誘導していくことだと思われます。
・2023年(令和5年)10月1日からの課税事業者の具体的な対応
(1) 得意先・顧客に対する対応について
1. 課税事業者は、ほとんど全部、得意先にインボイスを発行すると思われます。
2. ごくまれに、得意先がすべて消費者や免税事業者などで、消費税の仕入税額控除をする必要がない場合には、インボイスを発行しないという選択もあると思われます。ただし、課税事業者は、インボイスを発行しなくても、消費税の申告納付の義務はあります。
(2) 仕入先・支払先に対する対応について
1. インボイスを発行できる課税事業者である仕入先・支払先に対しては、何の問題もありません。仕入税額控除ができます。
2. 問題は仕入先・支払先が免税事業者である場合です。まず、インボイスのない仕入先・支払先には、課税事業者となって(※)、インボイスを発行するよう依頼するということが考えられます(この場合、仕入先・支払先は、消費税の負担が増えます。)。
※:課税売上1千万円以下の免税事業者であっても、課税事業者を選択することができます。
3. インボイスのない仕入先・支払先は取引を断って、インボイスのある仕入先・支払先に変更するという選択もあり得ます。代替のきく商品やサービスならば、そのような方法も可能です。
4. インボイスのない免税事業者のままの仕入先・支払先が、当社にとって重要な取引先なので、取引を継続する場合には、仕入税額控除をできなくてもよい(当社の消費税負担が増えるがやむを得ない)と割り切るか、または、改めて価格交渉(値決め)を行うことになると思われます。
実務上、インボイスがない取引であっても、次のような経過措置があります。つまり、2023年(令和5年)10月1日から即座に控除ができなくなるのではなく、一定期間、一定額は控除ができるということになります。これらを考慮した上で、価格を決めるのがよいでしょう。
|
期 間 |
インボイスのない仕入・支払 |
① |
~2023年(令和5年)9月30日 |
消費税相当分の100%を仕入税額控除に取り込み |
② |
2023年(令和5年)10月1日~ 2026年(令和8年)9月30日 |
消費税相当分の80%を仕入税額控除に取り込み |
③ |
2026年(令和8年)10月1日~ 2029年(令和11年)9月30日 |
消費税相当分の50%を仕入税額控除に取り込み |
④ |
2029年(令和11年)10月1日~ |
仕入税額控除できない |
(設例2)
当社は、免税事業者より、商品110,000円仕入(税率10%の対象品目、インボイスでない一般の請求書)。仮払消費税を明示する別記入力の仕訳は、どのようになりますか。
①の期間
(借)仕 入 100,000 (貸)現金預金 110,000
仮払消費税 10,000
②の期間
(借)仕 入 102,000 (貸)現金預金 110,000
仮払消費税 8,000
消費税が2,000円控除できなくなります。
③の期間
(借)仕 入 105,000 (貸)現金預金 110,000
仮払消費税 5,000
消費税が5,000円控除できなくなります。
④の期間
(借)仕 入 110,000 (貸)現金預金 110,000
消費税が10,000円控除できなくなります。
5. 商店で買い物をしたり、飲食店で食事をしたりする場合、領収書(レシート)がインボイスならば税額控除ができますが、インボイスでない一般の領収書(レシート)では、2023年(令和5年)10月1日から、上記のとおり、段階的に控除できなくなります。
6. 課税事業者でも簡易課税(※)を採用している場合には、以上の説明とは異なり、仕入先・支払先がインボイスを発行してもしなくても(課税事業者であろうと免税事業者であろうと)、気にする必要はありません。簡易課税は、インボイスの有無で仕入税額控除の計算をするわけではないからです。
※:簡易課税とは、当年度の課税売上が5千万円以下の課税事業者が選択できます。実際の仕入税額控除の計算をしないで、業種別に、課税売上の40%~90%をもって仕入税額控除とみなす計算方法です。
・2023年(令和5年)10月1日からの免税事業者の具体的な対応
(1) 得意先・顧客に対する対応について
1. 免税事業者は、税込経理方式が強制されます。常に、消費税は認識せず、すべて売上代金の一部となります。改正前と同じです。
2. 免税事業者は課税事業者となって(※)、インボイスを発行するという選択があります。この場合には、従来どおり、得意先から消費税をもらうことができますが、その代わり、消費税の申告納税をする必要があり税負担が増えます。
※:課税売上1千万円以下の免税事業者であっても、課税事業者を選択することができます。
3. そのまま免税事業者でいるという選択もあります。すると、今後は、インボイスを発行しないので、得意先から消費税分をもらうことができなくなります(価格をその分、値上げできればよいのですが。)。
4. 免税事業者のままでいると、課税事業者である得意先が段階的に仕入税額控除できなくなるので、得意先から取引価格を値下げされる、または、取引を断られるおそれがあります。
5. 得意先が消費者や免税事業者などで、消費税の仕入税額控除をする必要がなくインボイスを求められない場合には、免税事業者のままという選択もあると思われます。
6. 主に住宅の貸付を行う不動産賃貸業(※)の場合には、免税事業者のままという選択になると思われます。
※:住宅の家賃は、消費税がかかりません(非課税)。
(2) 仕入先・支払先に対する対応について
免税事業者は税込経理方式が強制されます。上記の設例2でいえば、常に、消費税は認識せずに仕入110,000円になるということです。つまり、仕入先・支払先が課税事業者であろうと、免税事業者であろうと関係なく、消費税を認識しない処理(仕入代金や支払経費の一部)になるということです。改正前と同じです。
・インボイス(適格請求書)の内容
インボイス(適格請求書)には、登録番号が必要です。登録番号がなければ、インボイスとなりません。この登録番号は、所轄税務署に登録した上で、所轄税務署より発行されます。2021年(令和3年)10月1日より、登録申請の受付が開始されます。課税事業者のみ申請が可能で、免税事業者は申請ができません。
法人の登録番号は、「T1234567890123」というように、T(ローマ字大文字)と法人番号13桁の数字の組み合わせになります。13桁は、法人は法人番号をそのまま使用しますが、個人事業者はマイナンバーを使用しません。法人番号は公開されていますが、マイナンバーは非公開という理由からです。
さて、インボイス(※)とは、次のような事項を記載した請求書(請求書・計算書・領収書・納品書など)をいいます。現在使用している請求書等に、②と⑥を加えればよいわけです。
※:口座振替(自動引き落とし)の場合には、③と⑤は通帳で、それ以外は契約書で確認することになります。
① 自社名
② 自社の登録番号
③ 取引年月日
④ 取引内容(8%軽減対象はその旨)
⑤ 取引金額(消費税率の異なるごとに区分。税抜価格または税込価格。)
⑥ 消費税率と消費税額(※)
⑦ あて名(「上様(うえさま)」はだめ。)
※:端数処理は、インボイス単位で、四捨五入・切捨て・切上げどれでもかまいません。
従前の請求書等との異同点は、次のとおりです。
1. インボイスでは、登録番号の記入が必要です。
2. 従前は税込価格が要求されていましたが、インボイスでは税抜価格と税込価格どちらでもかまいません。
3. 従前は消費税額が要求されていませんでしたが、インボイスでは消費税額の記入が必要です。
なお、小売業・飲食業・タクシ-業・駐車場業など不特定多数を相手にする事業者が発行する簡易インボイスの記載事項は、次のとおりです。
① 自社名
② 自社の登録番号
③ 取引年月日
④ 取引内容(8%軽減対象はその旨)
⑤ 取引金額(消費税率の異なるごとに区分。税抜価格または税込価格。)
⑥ 消費税率または消費税額
簡易インボイスの、一般のインボイスとの違いは、次の点です。
1. あて名を省略することができます。
2. 消費税率と消費税額はどちらかでかまいません(両方記載しても差し支えありません。)。
※このウェブサイトの趣旨については、「ご挨拶」参照。